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2021年12月31日金曜日

暮れる年


 今年は、コロナ禍で多くの国民が反対する中オリパラが開催されました。五輪の最中に東京では感染爆発が起き、入院できずに自宅療養を余儀なくされた人の中には亡くなる人もいました。

ご家族や近しい人には、悲しい年となりました。

私はこれから開催され続ける「このままのオリパラ」を晴れ晴れした気持ちで応援することはないと思います。


 

モリ、カケ、桜、日本学術会議会員任命拒否、全てに通底するものがある。その中でも森友学園問題では、国民のために働くべきを信条にしていた国家公務員であった赤木さんが公文書の改ざんまで指示されて自死しています。

妻の雅子さんは、国と理財局長であった佐川氏を相手に訴訟を起こしていたところ、実質的な裁判に入る前に国側は「認諾」という手立てで、関係者への証人尋問もないままに、蓋をするように終結させてしまいました。今月15日のこと。

お金欲しさに訴訟を起こしたわけではない雅子さんの「ふざけんな」が私の心の中に響き続けています。

1952年に始まった桜を見る会は、第二次安倍政権以降参加者が膨らみ2019年には1万8千人となり、この会と抱き合わせで2013年から開催され続けたいわゆる前夜祭ではその夕食費用を安倍元首相の事務所、後援会が補填していたとする問題で、公職選挙法違反と政治資金規正法違反の疑いで安倍氏が告発されていましたが、再び不起訴となりました。これより前に不起訴の一部を不当とする検察審査会の議決により再審査となっていたのです。
再び不起訴となったのは今月28日でした。 

森友学園問題では、真相が明らかにされないままで、桜を見る会前夜祭の不起訴処分にも釈然としないものが残ります。
南部鉄急須 令和霰 置地廣場 

 
民主主義が危ういというより、既に溶解している感じがしています。
そうして、国民あっての国家ではなく、国家あっての国民という、
いつか来た道を行きそうな気配が怖いです。
こういう時には、メディアがどうもおかしな具合になって行くというのも同じ。
Photo Sachiko Shirai  縮景園 

 今年のおしまいは、白井幸子さんが提供して下さった縮景園の写真をお届けします。
縮景園は広島市内の中心部にあり、 1620年に築成された歴史ある庭園です。途中、投下された原爆で大きな打撃を受けたこともありました。
平和への祈りがより強い広島の庭園の写真で、2021年 にお別れです。

Photo Sachiko Shirai  縮景園

 

本年も当ブログにご来訪いただきまして有難うございました。
皆様におかれましては、どうぞ良い年をお迎えください。

2021年12月30日木曜日

from Mrs.S子

 

 来年のクリスマス、生きていれば焼き鳥にしようとブログに綴ったら、それに呼応するように翌日S子さんから届いたのは、なんと焼き鳥自販機の写真でした。

しかも創業大正2年の老舗梅やのというから、驚いた。
この秋にお目見えしたようです。

ボタンを押すと、煙が立つようなタレまみれの焼き鳥が出てくるのか?と思ったら、そこはホレ、冷凍でした。

まあ、現実は甘くないというところか。

購入したら、直ちに帰宅して、解凍の後に、チンするか、それらしく網焼きにするかなのだろうな。


 

クリスマスの夜に、串からギーっと鶏肉を引っ張り出すように、頬張っって、梅やの美味い鳥を噛み締めて、「日本のクリスマスだな〜」なんて呟いてみる。しみるクリスマスではありませんか。

この自販機は、梅や本店の並びにあるようで、横浜市中区吉田町だ。

昼間、買いに出かけられない、吉田町のドラキュラには最高の自販機だ。

果たして吉田町にドラキュラはいるのか?

 今日の東京の最高気温は14度、最低気温は1度、晴れの予報です。
横浜の最高気温は15度、最低気温は3度、晴れの予報です。
 
吉田町近くにお住まい、お勤めの方は、早朝のジョギング時に、
大掃除で食事を取り損ねた深夜に焼き鳥丼などよろしいかと。

本日も当ブログにご来訪いただきまして有難うございました。

2021年12月29日水曜日

マックにて


 撤去されていて、ほっと肩を撫で下ろした。

クリスマスの華やぎにあやかりながら、
ビルヂング内に据えられた巨大なクリスマスツリーが1日も早く撤去されることを待ち望むこの1ヶ月半だった。
 
今年のそれはLED の小さな電球がちらちらするのではなく、
シャープなLEDの直管が天まで届けとばかりに縦に張り巡らされて強烈な光を放つロケットのようなクリスマスツリーだった。
ドラキュラである私は、遠目にも直視できず、近けるはずもなく、その方の入り口は利用できなくなった。
 

 
何より、離れた上位階のマックにもその姿が映るものだから、さあ大変。
天井のない吹き抜けの所や、天井があってもスポットの小さなライトがポツリポツリだけのマックはドラキュラにとって羽を休めることができる貴重な場所なのである。
ところが、強烈な輝きのクリスマスツリーのおかげで、気の向くままに着席することができなくなっていた。
柱の影に隠れるか、はたまた最後部の席か。

 
  ある晩のこと、輝くツリーから壁に隠れたテーブル席の私の身体は否応無しに、少女の方を向くことになった。
少女とドラキュラである私との間は、手が届きそうで届かない微妙な距離にあった。
私は、やれやれとコーヒーを口に含んでカップをテーブルに置くと、白いマスクの制服姿のその女子高校生に惹かれていった。
気がつくと心の中で
「少女よ」
「少女よ」
「少女よ」
と幾度となく続けていた。
マスクのおかげで顔の造作や表情までも知れない。
少女はおそらくは中背で、痩せず太り過ぎず、かかる前髪を時々撫でるようにして、ひたすらにペンを走らせ、食い入るようにテキストを見てまさに勉学に励んでいた。
少女のペンを握る指先から、揃えた膝小僧から、少し屈めた背中から少女の放つ何かが感じられて
「少女よ」「少女よ」と声にならない言葉を私は投げかけるように繰り返したのだろう。
見つめる私に、いつ少女が牙を剥いてもおかしくなかった。
でも少女はそのままでいてくれた。
 

 
今日の東京の最高気温は10度、最低気温は1度、晴れの予報です。
何かとお忙しい年の瀬に、当ブログにご来訪頂きましてありがとうございました。

2021年12月26日日曜日

from Mrs.S子

Photo Seiko M.
 


一昨日S子さんから届いたのは、おやつと題する写真でした。

どこぞのパティシエが作ったものかと思いきや、ローソンうちカフェのだというから、何十年と時を経て祖国日本に帰国しているS子さんも驚いたでしょうけれど、素敵に撮れているローソンスィーツに改めて私もちょっと驚きました。

ピスタチオのモンブランで、中はフランボワーズのムースだそうです。まあ、この説明だけで不味いわけはないとお察しします。

Photo Seiko M.
 
ついでに、TUTAYAなるところでおやつ本を買ったということです。この本の中身はわかりませんが、きっとおやつを摂るということ、そういう時間を取るということが、人生を豊かにするのだと、
様々なおやつの紹介とともに書いてあるに違いないと思うわけです。
そうして、クリスマスに早くもスィーツが無くなった私は、モンブランがたまらなく食べたくなりました。幸せの多くは、スィーツの中にあるような気持ちに、本を読んでもいないのに感化されたのです。

 

 明日からは、寒波が押し寄せるというだけのことはあって、年の瀬らしい冷たい空気の中をモンブランを求めて行きました。
 私の場合、モンブランと言えば、ドトールの和栗のモンブランで、このコロナ禍に1年近く味わっていないのです。
閉店間際のドトールに入店するとショーケースにケーキなし。
しかし、モンブランの深い山の中にこそ真の幸せがあると信じる私は、店長さんに詰め寄った。すると、「ちょっとお待ちください」と期待できる返事が返ってきた。冷蔵室に2個あるという。
私は、「生きていて良かった!」と思わず声にした。
それを聞いて、気味の悪い女だとは思わずに、 ドトールのモンブラン愛の深きを快く思ってくれたのか、店長さんは、ナプキンやら、お手拭きやら取り揃えて丁重に渡してくれた。
 

 
フォルムは、絞り出された細い栗のペーストが端正に右から左、左から右へと流れ、それは七三分けのようにも見えますが実に美しく、甘さ控え目の和栗のペーストの中には、同じく甘さ控えめのホイップクリーム、支える大地は、アーモンドプードル入りの焼かれたメレンゲと洗練されたお味となっている。口の中で全てが解け合えば、確かに、幸せがこのドラキュラにも降りて来る。

 
 さて、和栗のモンブランを食する前に、S子さんと深夜の電話会談を行った。実は春に帰国したS子さんとは再会を果たしていない。
ここでS子さんのコンディションについて綴ることは控えますが、
私が出向くしかないのです。
コロナ禍ということもありますが、私もこの春にもう一つ別の難病を発症して、まあまあという日がなくなっているのです。
以前にも増して光を浴びることの障害が大きくなり、明るい車内の電車移動を臆する次第です。 
通院ラッシュもあり、電話会談はしばらくぶりでした。
S子さんが、日本を離れた時は、まだコンビニエンスストアがこれほどまでに全国津々浦々に拡大しておらず、スーパーマーケットに勢いがあった時代でしたから、この度のローソンスィーツにも驚き、コンビニの幅広い品添えにも驚くわけです。
つい先日の「てんや」にも驚いたことでしょう。

  
 アメリカではコンビニを利用することはほとんどないそうです。コンビニにはお酒売り場もあり、日本で言うところの酔っ払いがたむろしているような所という感じだそうです。
食に関しては、最近はCoCo壱が流行り、行列ができていること、回転すしは変わらずの人気だと言うことでした。
今回のモンブランにつては、アメリカの洋菓子店ではあまり見かけることはなく、日本人向けのお店にはあるとのことでした。
イタリアが発祥で、フランスで製品化されたモンブランは、日本では自由が丘のモンブランが昭和の初期に許可を得て作ったのが最初だそうです。
自由が丘モンブラン 2019年1月撮影

 
送っていただいた一枚のモンブランの写真で、私も幸せを味わうことができましたよ。
 

 
今日の東京の最高気温は6度、最低気温は1度、晴れ時々曇りの予報です。
皆さまにおかれましては、お忙しくお過ごしと存じますが、スィーツでちょっと一休みなさってみて下さい。
 

2021年12月25日土曜日

クリスマス


 クリスマスの意味がよくわからないままだけれど、
今年はとりわけ暗いことばかりが続くのでとりあえずその明るさにのっかてみようという感じだ。

francfranc 
 

茶色く縮こまった枯葉が木枯らしに押し流されて、
カラカラと悲しい音を立てる夜には、
月を伺うことも忘れて、ひたすらに下を向いて歩いている。
夏には、暑い暑いと口をついて文句が言えるけれど、
冬枯れには無抵抗で封じ込められてしまう感じがある。
置地廣場

 
そういう季節に、赤と緑は頼もしいほどに鮮やかだ。
赤と緑の中で美味しいものでも食べれば、なんだか楽しくなって、気持ちも明るくなるような気がする。 


鳥を食するのが習わしなら、竹串に刺さった焼き鳥ではいけないのかと思い思い、パルシステムで購入した骨の付いたローストチキンを前日から解凍した。
骨つきが、クリスマスのまるでお約束のようだ。
お約束なんてどうでもいいと添えたのは、檜原村で作られたこんにゃくの煮物と人参。
それに生野菜を洗って、切ったりちぎったり。
やっぱり面倒だった。
リモートで自宅で仕事をするようになった牛男さんの食事の世話で毎日くたくただ。
鳥なら、来年生きていたらお蕎麦やさんで親子丼でクリスマスにしようと思う。


  スィーツはクリスマス用にやはりパルシステムで購入した青森産のりんごのアップルパイだったけれど、既に21日に平らげてしまい、
モロゾフの写真のクリスマススィーツは写真を撮影した13日に美味しかったチョコレートウエハースを 食べてしまいました。
残るはお子様向けの甘い甘いミルクチョコレートだけ。

 
皆様はどんなクリスマスをお過ごしですか?

 

 


 今日の東京の最高気温は13度、最低気温は4度、晴れ時々雨の予報です。
皆様におかれましては楽しいクリスマスをお過ごしください。


 

本日もご来訪有難うござました。

2021年12月23日木曜日

500,000アクセス突破!

francfranc


 未明に当ブログアクセス数が50万を突破していることに気がつきました。

皆様のおかげです。

お忙しい中ご来訪くださっている方々、大事な写真を提供してくださっている方々本当に有難うございます。

悲しいこと、辛いこと、ブログには綴ることができない嫌なことが
押し寄せて来る日々でしたが、50万アクセス突破に何とか頑張って行こうと思うことができました。

 
これからもどうかよろしくお願いします。

2021年12月22日水曜日

冬至


あ〜あ、冬至
というのがドラキュラの率直な気持ちだ。

悲しみが、また重なるわけだ。

毎年の愚痴ですが、冬至たってもう日の入り時刻が早い時は過ぎて
延びてきているのでね。

 
かぼちゃを食べて、柚子湯に入れば、無病息災、運気上昇だそうですが、柑橘類はドラキュラにはご法度。
健やかな人間だった時は、柚子湯の用に柚子袋も作って、沢山の柚子を入れてお風呂を楽しみましたけれどね。
柑橘類にはソラレン(フロクマリン)という光線過敏の症状を重くする成分が入っているし、突如として食せばアレルギーを起こして唇や口内が腫れるようになったので、柚子湯も楽しめなくなったわけです。ちなみにこちらの柚子は高知産だそうです。
以前ブログに写真を掲載した獅子柚子も、この時期に見慣れるようになりました。

 

かぼちゃも、北海道産の皮が白い雪化粧は既に何度か食していますが、ほめられかぼちゃなる高級品を発見しました。

 

 
 
 
ドラキュラには、苦い日々がこれから先7月5日まで続いて行きます。

 
明日の東京の最高気温は12度、最低気温は4度、晴れ時々曇りの予報です。
本日もお忙しい中、当ブログにご来訪いただきまして有難うございました。


お花屋さんの閉店

2016年12月撮影

初めて見るシャッターに私は茫然となって立ち尽くした。

お花屋さんが先週末で閉店することは、先月末に硝子戸に貼られた貼り紙で知ってはいた。それを見つけた時、私は何度も何度も読み返した。
何度読んでも、文字は変わることはないというのに。

私は、お花屋さんの閉店で生きる意欲を削ぎ落とされた感じがしている。

2020年12月撮影

 

オフィスビルの中の1階にあるお花屋さんにこれまでシャッターが下りたことはなかった。ビルが深夜には入口を閉じるので、人の出入りは残業するビジネスパーソンとビルのメンテ業者ぐらいのものだから、いつも硝子戸が閉ざされてクローズの札がかかっているのだった。

灯が落とされたお花屋さんには、硝子戸越しに美しい花々が眠っているのが見えた。

2017年12月撮影

 いつもいつも今時分は、燃えるようなポインセチアが並び、優雅な王女のようなシクラメンがひな壇に、我こそが一番美しいのよと言わんばかりに並ぶのだった。

2016年12月撮影

2020年12月撮影

クリスマスリースもいくつも並んだ。その楽しみももうなくなってしまったのだ。

ビルが開業した時にオープンしたお花屋さんなのでもう30年近く営業していた。

私は厄介な病になってどこにも行けなくなってから、一層お花屋さんのショーウインドーと店先に並ぶお花やディスプレイで季節を味わいそれを楽しみにするようになっていた。

2012年3月撮影
 

残る写真で一番古いのはガラケイで撮った2012年3月のものだ。
 

2014年11月撮影
 

晩秋の切なくなるような時分には、美しい静寂を伝えてくれた。

2014年9月撮影

2014年9月撮影

 春の連休には、色とりどりのカーネーションと小鳥が一緒に踊るようだった。

2014年4月撮影

雨が続く梅雨の季節には紫陽花の大海原に遭遇したようだった。


 

閉店にはコロナ禍が影響しただろうか。
母の日には毎年、2日、3日夜通しでカーネーションの梱包作業に追われていた。
その光景を昨年、今年と見ることはなかった。
優に五千人以上のビジネスパーソンが集結していたであろうオフィスビルは、昼間の様子は私にはわからないけれど、今の夜はその姿をぽつりぽつりと確認する程度だ。

これまでは、住まう街で母親に送る花を買う時間も持てずに、ランチタイムにビルの花屋で買って送る手はずをするビジネスパーソンが多かったかもしれない。

2020年6月

 オフィスに人が来なくなれば、受付のお花の需要も少なくなっただろうか。
あれこれ考えるが、どうになるわけでもない。
2016年10月撮影
 
こんな光景だって、明日も生きて行こうと思わせてくれた。
 
2017年12月撮影

 
印象深いディスプレイはいくつもあるけれど、そうしてブログに掲載させてもらっていたけれど、改めて私のお気に入りをお届けします。
 
2016年11月撮影

びっくりしたのはこちら。

2014年12月撮影
 


涼やかで、見惚れたのはこちら。

2014年7月撮影

2014年12月撮影

 毎日お店を閉める頃に、鉢植えはどこかへ揺られて保管されているようでした。

でも、もうこのトラックが明日のお花を積んで来る日はないんだな。

さようなら。
長い間ありがとうございました。