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2008年7月30日水曜日

地獄絵図8

 マスク、耳栓を着けたままベッドから身体を起こした私を見て、ボスが大笑いした。ボスは、となりの手下まで起こして私を指さし、手下まで笑いだした。『大いに笑ってくれ』と私は思った。ボスは4日後に退院が決まり、手下もそろそろらしい。うんこ以上にうんこな臭いから解放されるとあれば、何を見てもおかしいだろう。ボスは「私は大抵のことに我慢できるけど、臭いだけには弱くてね。」が口癖だ。残される私はどうやってこの劣悪な環境で生き延びたら良いのだろう。
 ちなみに、入院環境対応必須アイテムは耳栓、マスクの他、眠剤、コロコロなどである。入退院を繰り返す中で、私以外に眠剤を常用しないのは後にも先にも地獄部屋のボスだけだった。
 また、子供の頃から入院を繰り返しているような達人達は、ベッドのホコリを取るのに、紙に粘着剤が着いたローラータイプのコロコロなんかも常備している。

2008年7月28日月曜日

おもしろ話8(となりの患者)

 もはや私には肩書きなど何もない。今あるとすれば「病人」だ。昔の名刺は、お醤油をこぼしたように黄ばんでいることだろう。
 6人部屋で少しの間となりだったねーちゃんは親しくなった人に名刺を渡すらしいという噂があった。私は親しくなれなかったので、名刺はもらえなかった。従って、どんな名刺なのか本当に名刺があるのかわからない。
 しかし、ねーちゃんの名刺はどんなものだろう。肩書きは「病人」?それとも「患者」か。「○○○病患者」と病名明記か。彼女の疾患からすると、小学校、中学、高校とほとんど休み、常にぎりぎりの出席日数での昇級だったと想像される。仕事に就いたことはないであろう。だから、名刺が働いていた頃の社名や役職などが記載されたものであるはずはない。ねーちゃんは半年前も入院していたと言う人がいれば、いや一年前も、一昨年前も入院していたと言う人もいる。病院が定宿というか住みかのようだ。そうすると、名刺には病院の住所地が記されているのか。
 病棟には、20年来入退院を繰り返している人が何人かいて、20年とは言わずも古株がいっぱいいる。中には物見高く、私が新顔だと思うと、廊下を歩く私を呼び止めて「アンタ何の病気?」といきなり尋ねてくる。私は軽く会釈して、後ろを向いてしまう。
『病気の事なんかしゃべりたくはない』『年長とはいえ、失礼な奴だ』と思う。しかし、どんなもんだろう患者がパジャマの胸ポケットに名刺を入れていて、廊下で会った時などに、「どうも、どうも」と言って名刺交換をする。私なんぞは、病名が3つもついていて「ごりっぱですなぁ」なんて言われて、「いえいえまだ3年のキャリアですから若輩者です」と答える。こんなことを想像すればコメディーだ。

2008年7月26日土曜日

ぐーたらナース3

 個室病棟にいた水上さんは一見綺麗なナースだった。170センチ近くの身長で、すらりとした色白の25歳。おべんちゃらをちゃらちゃら言うのが癖になっている私が、「すごく綺麗!」と水上さんに言うと「両親に感謝してます」と水上さん。そんな水上さんはいつもマスクをしていた。ところがある日、マスクをしていないのを見てビックリ仰天した。ヒラメのようなエラ張り顔だったのである。
 その水上さんに一つ噂があった。それは、絶対に残業しない。5時きっかりに仕事を終えるというか止めるという話だった。
 ある朝、その日の私の担当ナースが林さんだと言うので、シャンプーを頼んだ。林さんは本来の私の担当ナースなのでお願いしやすい。林さんが日勤の日は原則林さんが私を看護してくれるのであるが、林さんは、しばし重篤な患者の看護に就くことがあってそういう時は別のナースが私を看護する。林さんは、水上さんと同期で、仕事熱心で勉強家の可愛い感じのナース。
 林さんは、シャンプーを頼んだその日もバタバタと忙しそうだった。午後にしてくれることになっていたが、何度か部屋に来て「もうちょっと待ってね」と言い、慌てて病室を出て行く。3時が過ぎ、4時を回った。5時10分前になったその時、林さんの大きな声が聞こえてきた「水上さーん、あんこさんのシャンプーお願い!」
 私はぎょっとした。5時まであと10分だ。よりによって5時女の水上さんに頼むなんて。私は考えた『頭の右半分だけか、いや後頭部だけか、泡だらけで終了か』いずれにしても最悪なことになりそうだ。
 水上さんは部屋にやってくると、私を車椅子に乗せて、洗い場までびゅんびゅんと押した。その時、私は噂は本当だと確信した。どんなふうにシャンプーをしたかというと、簡単だった。シャンプーの液をつけて流しておしまい。つまり、ごしごしと洗う行為は一切省略。ブローはいつも部屋で私自身がやるので、5時に終わった。
 お見事!と思った後で、一週間に一度洗ってもらえるかどうかという状況で私は苦々しい思いがこみ上げてきた。そして、なんで林さんは5時10分前に水上さんに頼んだのだろう・・・・(登場人物の名前は全て仮称です)