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2010年1月18日月曜日

となりの患者3

 これまた正確には、となりのとなりの患者だった。80歳を少し過ぎた感じの老婆が入院してきた。病室は、3人部屋でベッドは2床空いたので、一つベッドを隔てて私と老婆は両端になった。
 老婆は夜更かしだった。11時半にやっとテレビを消したかと思ったら、まもなく、ぼそぼそと声が聞こえてきた。空耳かと思ったそれは、お経だった。
 そっとカーテンを指で開けると、老婆はベッドの上に座っていた。老婆もカーテンを閉めているが、ベッドの灯りで、シルエットが映っているのだ。お経は、10分程度唱えられ、終わると直ちに、「ゴー、ゴー」と猛獣の鳴き声のようなイビキが鳴りやむことなく続いた。
 その後も、お経は、連日連夜続いた。お経を唱え終わると、疲労と満足感でいっぱいいっぱいになるのか、老婆は、ばさーっと倒れ込むように眠り、高いイビキが始まる。0時近くに始まるお経といい、80歳の高齢者のイビキとは思えない猛獣のようなイビキといい私には大迷惑だった。
 老婆の手術が明日に迫った晩は、すさまじかった。お経が始まったかと思うと、ギシギシとベッドのきしむ音が同時にしている。私は、怒りと怖い物見たさから、思わず目の前に垂れるカーテンを指でそっとよけて老婆の方を見た。「ナンマンダー、ナンマンダー、ナンマンダー」繰り返されて、お経も佳境を迎えたようだった。ベッドの灯りでオレンジ色に染まったカーテンに映る老婆の上半身は、上下に激しく揺れている。それと一緒にベッドも揺れている。一心不乱にお経を唱える老婆は、さながら祈祷師だ。
 その日のお経は、いつもより15分の延長戦となった。そして翌日の手術は無事すんだのだった。従って、お経を止めるはずもなく、それどころか、一層気合いが入って、その後もお経といびきは、続いたのだった。