今年はついに誰にも年賀状を出さなかった。小学生の1年生の時から毎年書いていたから、それは私にとっては結構大きなこと。今年は、という気持ちがすっかり失せてしまった。逆に言えば、昨年までは、多少は希望を持っていたんだなぁと思う。毎年一つづつ病気が増えていく。病気のメリーゴーランドやぁ!病気の宝石箱やぁ!と自分で言ってしまうことがある。
たかが年賀状、されど年賀状である。年賀状のやりとりで、長く会っていない友達ともいまだ友達であることが確認できた気持ちになる。年賀状1枚が仕事の潤滑油になったりもする。
一昨年末に既に股関節が痛み始めていたが、昨年はぼちぼち仕事もできるようになるかもしれないと淡い期待をもっていた。しかし、また丸一年期待は裏切られてしまった。
そして昨年も、また押し迫ってから口内が乾いてたまらない。昼間はひたすらガムをかんでいる。就眠時がつらい。口内は真っ赤で痛む。12月に入って2回目だ。年末、年始の救命センターは行かずとも想像がつく。インフルエンザで咳き込む人が溢れかえり、中にはノロウイルスの人もいるだろうなぁ。普通に病院が始業するまで我慢した方がたぶん得策だろう。
年末に、暖かい日があったら私のウチのそばで、ランチでもとマダムKとメールでやりとりしていたが、それどころではなかった。マダムKとのこんなささやかな約束も、もう3年果たせていない。マダムKには病気のことは詳しく話していない。マダムKに限らず、周囲の人間に病気のことはあまり話したくないし、語れるほど体調の良い日は通院の日に充てるしかない。3年前にマダムKと約束をしていたランチをどたキャンしたことがあった。当日具合が悪くてどうにもならなかった、無理をすれば再発するので断るしかなかった。
マダムKからお叱りのメールをもらった。怒りが文面からひしひしと伝わってきた。私達実業家の妻はプロミスがどんなに大事か・・・・・という下りで始まっていた。私達という表現にひっかかった。マダムKが実業家の妻のグループに属しているという意識が常にあるんだなと思った。
マダムKは私よりはるかに年長だ。私の親の世代だ。よくランチをしていたお店で、私がナンパされたのである。マダムKはいわゆるセレブだ。格好はいつもぼろぼろで、破れたセーターに泥んこのジャージ、ホームレスと見間違うほどだ。駅ビルのお寿司屋であわびを頼んだら、板前さんが「お客さん高いけど大丈夫か?」と聞くのよ。おかしくて、おかしくて「なんとかなりますよって」言ってやったわ!無理もない話だ。誰が見ても公園に寝泊まりしてるヒトにしか見えないはずで某私大のゴルフ部OGだなんて誰が想像がつくだろうか。マダムKも人が悪いというか、それを楽しんでいるである。
しかし、私は素性を知らないうちから、かなりの金持ちに違いないと思っていた。ランチのお店でオーナーシェフ夫妻の気の使い方が違った。店の経営者が気を使う客と言えば、お金を沢山落としていく客と金貸ししかないのである。
最初にどんな言葉をかけられたか覚えていないが、私は気がつくとマダムKの自宅に招かれたり、別荘に招かれたりしていた。マダムKの家は、高級住宅街の一等地の大きな屋敷で、家の中はマダムKの格好と同じくめちゃくちゃだった。数百万はすると言われている愛犬が暴れた後だったせいもあるが。一番驚いたのは、帯のついた札束がリビングに落ちて転がっていた。山羊に似たその名犬が山羊のように札束を食べてしまっていたらどうなるのだろう・・・私は今思い返しても心臓がぎゅっとなる。愛犬は、まだ子供でなんでも噛みたい時期だったろうから札束をいくつか食らった残りの1束が落ちていたのかもしれない。
そんなマダムKに、来年こそランチをなんて書いて、呆れられるとイヤなので、「あの世でいつかランチしましょう!」と暮れにメールした。