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2017年12月30日土曜日

無口という病気17



 私は、二ヶ月に一度の割合で、無口という病気の良人を洗脳している。
私は、間合いを十分にとって、静かに語りかけるように良人に話をする。
「牛男さん、目を閉じてください。」
良人は、無口という病気なので、つべこべ言いませんが、目は閉じません。
良人は、視線をやや落として、虚ろな瞳で、がっくり肩を落とし、嫌々耳を傾けます。
銀座 安藤七宝店
私は、話を始めます。
 寒いクリスマスの夜です。
 ママは、ミットを付けた手でオーブンを開けて、焼き上がったチキンをやっとの事で出しました。小さな老女の身体にチキンの載った鉄板が重いのです。
艶々に照る飴色の大きなチキンは白いお皿に載って、牛男の前に置かれました。
牛男の目は輝き、早速チキンの柔らかいお肉にナイフを入れて、ギコギコとナイフを引いては、せっせと口に運んでいました。
するとママは、テーブルに手をついて身体を委ねるようにして、椅子をひき、腰を下ろして大きなため息をつきました。
そしてママは言いました。
「牛男ちゃん、ママ疲れたわ。パパが亡くなってから、こうして牛男ちゃんのためだけにチキンを焼いて、何年になったかしらね。」
ママの目には、うっすら光るものがあり、それをママは、さっと指で拭うのです。
「牛男ちゃんに、お嫁さんがいたら・・・
最後のお見合いはいつだったかしらね。ママはいいお嬢さんだと思ったのに。」
その時、食卓の上のシャンデリアの電球の一つが切れて、部屋は薄暗くなった。
 そして私は、言います。
「さあ、目を開けて!」
「牛男さん、ママとのこういう暮らしと、私との今の暮らしと、どっちが良かったの?答えて御覧なさい。」
すると良人は、暑いも寒いも、おはようもこんにちはも言わない無口とい病気のくせに言いました。
「どっちもイヤ!」

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