いわゆるロスジェネ世代は就職氷河期世代と言われ、1970年から1984年に生まれた人たちを言う。雨宮処凛さんもその1人だ。
私が、雨宮処凛さんの話を初めてYouTubeで聴いた時、生活困窮者支援活動に携わる中での、具体的な話に驚きと重みに聞き入ってしまったのだけれど、中でもどうしても理解できなかったことの一つに、なるほどという説明をもらったのがとりわけ印象深い。
それは、食料配付など支援を受けにくる若者たちが、ひろゆき氏や堀江貴文氏を信望していること、そして自らの貧困が社会や政策のせいではないと考えていることについてだ。
支援を受けにくる若者たち、今やそう若くはない人たちは、いつかひろゆき、いつかホリエモンと思い、自分たちも成功して勝ち組になるから、今儲かっている企業や事業者に対して優遇されている税金などそのままで良いのだと。経営者側、使う側に立つ視点で、賃金が低くてもそれは経営者のために仕方ないことだと言うのだと。
食えないから支援を受けに来ているのに。雨宮処凛さんの話を聞いて、ますます理解に苦しむわけだけれど、だから今の与党政権に批判もないわけかと。
この週末は、デモクラシータイムス配信のYouTube動画【佐高信の隠し味】 雨宮処凛さんと佐高信さんの
を是非ともご視聴ください。
雨宮さんは、自らも北海道から上京して、行き詰って自殺未遂の経験もあり、右翼団体に属していたことも。社会に目を向けるようになったのは、自らのまわりで自殺してしまう人が後を絶たず、これは個人の問題ではなく社会構造的なことが若者の命を奪っているのではと考えることができたからと。
派遣やフリーターがとんでもなく搾取されて、使い捨て労働が広がっていることを知った。
自己責任と言われ、自己を責め、心を病んで自殺に追い込まれていく。
それが新自由主義、当時小泉政権だった。とにかく企業利益第一。1995年経団連が示した新時代の日本型経営(従業員を3分、長期蓄積活用型グループ、高度専門型活用型クループ、雇用柔軟型グループ)を知って、自らの置かれた状況、貧困が作られたものだったとわかった時は衝撃だった。
そして、ダメ人間で申しわけないと遺書を残して謝りながら死んでいった友人を返して欲しいと思ったと。その日が2006年4月30日で雨宮さん活動家のデビューの日。
多くの人が、2008年のリーマンショックの打撃を受け、その記憶は残っているだろうけれど、年が越せない切羽詰まった状況にあった人々のために設けられた年越し派遣村のことを覚えているだろうか。
リーマンショックで派遣切りが起きて、住まいをも失って年を越せない人々にNPO法人や労働組合等が実行委員会を結成して日比谷公園に避難所のようなもの、炊き出し、職業相談、生活保護申請を先導し、簡易宿泊所を設置した。
あれから15年の現在も雨宮さんが語ってくれました。YouTube動画を視聴していただきたいけれど、ざっくり挙げると
○日本社会がもう貧困に慣れているというか麻痺している。
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