華やかに令和がスタートした5月もおしまいだ。
改元は、10連休と相まって、予想をはるかに超えて令和フィーバーをもたらした。
令和初の国賓として、トランプ大統領が来日して、
さらに世間は沸いた。
この間、マスコミもこの令和を盛り立てようとするが如く、煽った。
本当のところは、沸いているように見えただけなのかもしれない。
難病を長く患う私などは、
この「めでたい、めでたい」ムードに、1人ぽつんと取り残された感じがして、挙句に、「不幸な自分」をひしひしと感じるに至った。
そんな中で、登戸での凄惨な事件が起きた。
一瞬にして命を失った人、今も痛む傷に苦しんでいる人々を思うと胸が張り裂ける思いがする。
この事件を知った人は、深い悲しみと同時に、容疑者への憎しみの感情が湧いただろう。
一方、容疑者の境遇について思いを巡らせた人も少なくなったのではないだろうか。
私もそのうちの1人だ。
事件から1日経って、容疑者の生い立ちがほんの少し明らかになった。
そしてその境遇は私の想像を超えていた。
幼少の頃に、よくお昼時のメロドラマにあった「継子」だったということ。ドラマは大概そんな逆境にめげずに、頑張って頑張って立身出世して、幸せになる筋書きだった。
成長した時代は、とうに過ぎた。
今、誰もが希望を持つことができる世の中だろうか?
めでたい空気を作っても、どこか取り繕っているふうに見えてしまう。