真実もないと知りながら
何を求めてそこを目指すのか
今年初めに向かった先は、百貨店だった。
1月2日にそこに向かうのが永きにわたる慣例だからなのか。再び、歩くことができるようになって最初に目指した場所もここだった。まだ恋してる、また恋している?
幸か不幸か、不幸に決まっているけれど、難病で太陽光には、全く当たることができなくなったために、東京駅の到着時刻は、昨年と同日のほぼ同時刻、午後5時46分となった。明らかに、昨年より人が多かった。2割増しという感じだ。
路地にいつもあるヤツデの鉢植え。ヤツデは、昨今すっかり見かけなくなっている。到着した百貨店には、昨年の珍事とも言える失態のお詫びの言葉などは掲げられていなかった。残念に思った。
百貨店は、開店と同時に相当な人が押し寄せたらしく、めぼしいショップは既にお品が乏しくなっていたのだ。昨年以上の集客があったことは確かだろう。アベノミクスの影響か、増税前の駆け込みか。
近くのファッションビルも同様で、いつものショプはガランとしていて、絶望的になった。ドラキュラのウィークポイントである昼間外出できないことが、ショッピングでも災いするのだと。今日のために、まるまる二日間養生して備えたのに。なんという事態だ。買う気もない店で、洋服に握手を求めるように、ただただ触り続け、さほど買う気もないのに黒い革の短いフレアスカートを試着した。鏡に映ったエースコックの豚ちゃんのような我が姿に正気に返った。
しかし、虜になってしまっているようだ。どれか買うのを控えようかと迷ったけれど、来年は消費税が上がるので、洋服なんぞは買えないからと、3点とも購入した。 つづく(お江戸の春4は明日につづきます。)
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