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2019年9月9日月曜日

カフェにて



 夜の9時を回って、
私は、外に出る支度をした。
窓を塞いだ部屋に、既に21時間以上こもっていたのだ。
兎にも角にも外を見て、外の空気を吸ってみたい一心だった。
すると、人間に生まれてしまった貝のようである良人が、
その日初めて口を開いた。
「カフェなんかやっているわけないじゃないか。駅ビルだってスーパーだって7時に閉まっているんだぞ。」
親切と言えば親切かもしれないけれど、無口という病気の良人が言葉を発したのは後にも先にもこの日この言葉だけだった。
家の中に居て、私は、会話によって気分転換を図ることは不可能なのだ。
それは、私の抱える難病が誰にも治すことができないのと同じで、無口という病気もまた治らないからだ。
大型台風が近づいていた。
私は、それぞれのカフェの扉に貼り付けられているであろう、臨時休業の張り紙にある文句の違いを調べるリポーターになったつもりで出かけた。
幸い雨は降っていなかったけれど、通りを歩く人は、一人、二人で、街は閑散としていた。
背の高い街路樹の葉を上の方で時折大きく揺らす風はぬるかった。
開いているカフェがあるとすれば、小竹さんがよく利用するカフェであろうと、最初にそのカフェに向かった。遠目に真っ暗なカフェに近づくと、営業時間変更というタイトルの張り紙があった。
ここがやっていないなら、他のカフェがやっているわけはないなと思った。その理由は、小竹さんが利用するこのカフェは、閉店時間の夜11時ギリギリまでオーダーを受け付けて、閉店時間前に客を追い出すことがないからだ。営業熱心とも言えるかもしれないけれど、顧客本位でもあるようだからだ。
次なる張り紙を見るために、私はよく利用するカフェに向かった。今度は、灯があった。けれど、既に清掃中なのかもしれないと近づいてみた。扉には張り紙もなく、いつものようにすーっと自動ドアが開いた。
人の声も聞こえて、店内には、数人の客がいた。
「開いていて良かったわ。」とオーダーの時にスタッフに言うと、男性スタッフは、何をこのババアは言っているんだという風に怪訝な顔をした。
 店内に入ると、いつものレギュラーメンバーは誰一人としていなかった。体力温存のために遠征を控えたサッカー選手達のようだ。
スタッフの対応に、余計な事を言わなければ良かったと後悔した。元々無愛想なスタッフだと承知はしていたけれど、カフェが開いていた嬉しさに、つい口をついて言葉が出てしまったのだ。
 けれど、冷たいアイスコーヒーを口に含んだ時、もしかしたら、カフェの店内に篭って働くスタッフは、世間のことを知らずに家に篭る私と同様に、
駅ビルもスーパーマーケットも他のチェーン店のカフェも、既にシャッターを下ろしていることを知らないのかもしれないとも思った。


私は、早めにカフェを後にした。
カフェのケーキのショーケースは汗をかいたように、透明な水滴をいくつも付けていた。
帰途の空気は、ぐっと重く熱くなり、
風は、方向を失って強くなっていた。
わずか一時間の娑婆見学となった。
今日の東京の最高気温は36度、最低気温は26度、雨のち晴れの予報です。
午前2時半を過ぎて、風の唸る怖い音が聞こえます。
通勤時間帯の朝は、既に運休を決めている鉄道もあるようで、混雑が予想されますのでくれぐれもお気をつけてどうぞ。



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