兼高かおるさんが、
5日に亡くなっていたことは、夜のテレビ各局のニュース番組で報じられた。
とても驚いたし、悲しい。
昨年、どうされているかと思って間も無くのこと、新聞記事にご本人のお写真と「兼高かおる世界の旅 」の制作秘話などが記されているのを読んだばかりだったから。
兼高かおる世界の旅は、日曜の朝のテレビ番組で、1959年から1990年まで放映されていた人気の長寿番組だった(そうだ)。
世界の翼パンナムの協賛により制作されたと言うフレーズが耳に残っている人も多いかもしれない。
制作秘話には、ディレクター、リポーター、ナレーターの三役をこなしたとあった。
兼高さんは、 1028年生まれだそうだから、62歳まで世界を飛び回って番組を制作していたことになる。
秘境の地と言おうか、未開の地域も踏み入って、得体の知れないものも、臆せず食していた。帰国後に虫下しを飲むのかと案ずることも多かった。
そんな兼高さんの行動力や度胸とは裏腹に、喋り方や言葉遣いに気品があって柔らかだったことも大きな魅力だったと思う。
本名が兼高ローズさんだと訃報とともに知った。
心よりご冥福をお祈りいたします。
白いバラと気球旅行の写真を添えて。
2 件のコメント:
兼高かおる世界の旅は私の原点です。彼女は私のロールモデルです。あの世でもホホホとあの高笑いしているはずです。
匿名さん
コメントありがとうございます。
さらっと書いていただいていますが、
「私の原点」「私のロールモデル」と言う言葉は、
とても大きなことですよね。
もう少し教えていただけますか?
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