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2019年1月13日日曜日

カフェにて



 冷たい雨が降る夜だった。
東京の雨は20日ぶりのこと。
雨降りの寒い夜の外出は、陽のあるうちにはじっと篭り続け外気に飢える私とて、流石に億劫だった。
巷は三連休の賑わいもなく、
カフェにはいつもの常連客が根を下ろすように座っていた。
最近見かけるようになった、小柄な中年女が目が醒めるようなビビッドなグリーンのセーターを着て、窓越しのカウンターテーブルの右端に座っていた。
そのグリーンは、ベネトンのグリーンに似ていた。
グリーンの女は、クリスマスの日は左端に座って、ノートパソコンを置いて、ずっと書き物をしていた。端に座るのは、電源のコンセントに近いからであろう。
昨夜もパソコンを睨んだり、書いたりと一心不乱に作業をしていた。


右端には、 真っ赤なセーターを着た女が座っていた。
グリーンの女よりはずっと若い後ろ姿だった。
赤とグリーンのクリスマスカラーが雨の窓に鮮やかに映えていた。
最初は常連客だけだったけれど、
夜が更けるにつれ一見さんが次々に入ってきた。
勢いよく入って来た長いストレートヘアの女は、
髪を大きく振ったかと思ったら、シュッシュとテーブルの上にアルコールを吹き着けて、あっと言う前に、布巾でテーブルを拭いた。
そして、アルコールの大きなピンクのボトルと水色の布巾を持って 、トレーの返却口に置いていた。
その2人がけのテーブルにやって来たのは、トレーを持った上背のある年配の男だった。
男はそっとトレーをテーブルの上に置いた。
トレーの上には、赤いワインが入った丸いだるま型のグラスと白いコーヒーカップが並んでいた。
私は、赤いのは、ホットワインだなと思った。
以前からメニューにあって、下戸のためにアルコールが飛ぶまで温めてくれないかしらんと思って、気になっていたのだ。
間も無く髪の長い女が戻って来た。
女は、勢いほどには若くはないように見えた。
けれど、遠目には向かい合う2人の年齢が図りかねた。
私は眼鏡をかけて2人をまじまじと見た。
すると男は、初老の域は過ぎて結構な年だ。
事によると70歳を過ぎているかもしれない。
背中の上の方が少し丸かった。
女も結構な年で、40代の後半だろう。
若い時分には、美人ともてはやされたかもしれない顔の黒い肌には、ツヤも張りもなかった。
男は、キャメル色に茶色の模様が入った上等なセーターを着ていた。
女は、グレーのざっくりした安っぽいセーターを着て、ワインを少しづつ口に含んだ。
女は、日頃のストレスを男にぶちまけるように話をする。

女は、一通り話をしたら、気がすんだのか、今度はスマホで自撮りを始めた。
腕を高くスマホを翳して、口を結んだ女に
男が言った。
「プロのカメラマンはね、天井の高さをきにするらしいよ。
照明は高い位置の方がより自然光に近づくそうだ。」
女は、「先生」、確かに先生と何度か言っていた。
開業医と看護師か。
女は、男の顔を指で触った。その指先は、くすぐるように男の顔の頬や額を上へ行ったり下に行ったりした。
そしてまた、女は自撮りを始める。
 この女とこうしている時が幸せなんだというふうに、男はべっ甲の縁の眼鏡の奥の目を細めて女を見つめている。
「もう行こうか」と男が言った。
女は、「どうして、私がこうやって撮っている途中で言うのかしら。」と怒っているようないないような口調で返す。
2人はスマホを覗き込んで、
女が「このお店11が閉店なんだわ」と言ったかと思ったら、
「先生のフォロアーの生徒の数」がどうのと聞こえてきた。


再び会うことはないかもしれない、
カフェの一見さんたち。




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