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2018年5月9日水曜日

雨降る夜に赤の女



 勝手にのぼせて、
勝手に冷めた赤の女への思いだ。
それでもずっと気にはなっていた。
カフェで赤の女を見かけなくなってから久しい。
昨夜は、夏のような暑い日が続いていたのが嘘のように、
雨が降り続いて、肌寒い夜だった。
こんな夜のカフェでは、赤の女に落ち合いたいものだと思った。
francfranc
 雨の雫が落ちないように傘をビニールの長い袋に入れながら、
客席を見渡すと、
並ぶ4席の手前の端が一つだけ空いていた。
並んだ3人の真ん中に、少々個性的な服装のふっくらした女性がいた。
ブルーのトーンの洋服を身に纏っているけれど、赤の女だと思った。
温かいコーヒーを飲みながら、赤の女を覗こうにも、隣の女でよく見えない。
ただ、トレーをテーブルに置きながら赤の女を前から見た時、幼子のようにまた前髪を下ろしているのが印象的だった。
もしも、あんな風に前髪を下ろしたら、私は、自称何歳と言うだろうかな。
一年一年があっという間に過ぎ行くのに、28歳だと言い続けている自分が赤の女よりずっと謙虚であるように思えた。
 最後に赤の女を見かけたのはいつだろう、赤の女がロバの耳をつけていた時だろうか?と考えていたら、隣の女が、席を立った。
その時初めて隣の女がうっとりするようないい女だったことに気が付いた。
さりげなく黒い革ジャンを羽織って、ボブカットの髪から長い首が見えた。痩せた細い体に、白くて柔らかなブラウスが しっとりと女を際立たせていた。長い薄手のスカートが揺れて、思わず目で追った。26歳ぐらいだろうか。
その女がトイレに消えると、赤の女が丸見えになった。
 するといきなり目に飛び込んで来たのは、猫型の藤製のバッグだ。そのバッグは、肩から斜めにかけられていた。猫は黒猫でパッチリとした瞳は、右がブルーで左がゴールドでチャーミングだった。小ぶりのそのバッグは、夜店に売ってるようなものではなく、どこかのブランドものであろう。
洋服は、大きなブルーの抽象的な花がプリントされたチェニックを着ていた。
 トイレに消えた女が戻って、コーヒーカップの載ったトレーを下げようと歩んだ時、店長が駆け寄って、そのトレーを受け取った。女が優しく微笑んで、「すみません。」と言った。
トレーを渡す女と、それを受け取る店長、向かい合う2人と座っている私との距離は、 50センチもなかった。
店長の胸の鼓動が聞こえるようだった。
間も無く「るるる」とお邪魔な音が店内に響いた。
続いて赤の女の、「今行く。」という声が聞こえた。
赤の女が、どでっとした感じで店を後にする時、
「ありがとうございました!」という店長に、赤の女は頭を下げて、雨の中に消えて行った。


ありがとうございましたの言葉に、
頭を下げる客はそう多くはない。
まだ未練があると知った夜でもあった。


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