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2021年1月14日木曜日

マックにて


 下を向いて、受取り忘れそうになった番号が記されているレシートを手にした時に、左からすっーっと細い腕が伸びてきた。
私の胸がどきどきと鳴った。
一瞬にして、その腕が憧れの彼女の腕だとわかったからだ。
昨夜のレジに彼女は立っていなかった。カタコトの日本語を話す外国人は新人で、Sのホットコーヒー と言った私の言葉に戸惑っていたものだから、私はそれに気が取られていたのだった。
横から伸びてきた腕は、決して白くはないむしろ浅黒い色だけれど柔らかな腕だ。
「お客様、これじゃないですか。」
彼女の指が、カウンターの上に置いたのは、小さな小さな、米粒大の金の招き猫だった。
驚いた私は、声も出なかった。
24時間かけて、やっとの事で自分の気持ちを昇華させた、金の招き猫の遺失。
小銭入れにいつも入っていた、それが昨夜マックで支払い終えた後に無くなっていることに気がついたのだった。
革の小銭入れに何年前に入れたか、金の招き猫がずっと入っていた。
本物の18金か?いやいやだったら、小銭入れなんて頻繁にお金を出し入れする時に、うっかり落としかねないような所に、私は入れて置かないな。
気が付いたのが、今であって実はそれより前に落としたのかもしれない。
行動範囲の狭い私が、小銭入れを使うのは、マックとスーパーマーケットとコンビニしかない。何れにしても掃除の際に掃除機で吸い込まれて終わりだな。
これまで色々なものが、思いがけず自分の元に返ってきたけれど、
アノ小ささでは手元に戻る事はまずあり得ない。
けれど、新年早々金の招き猫をお財布から落とすと言うのが、なんとも縁起悪くて、ますますプアになりそうでがっくりときてしまったのだった。
ネットで同じような物を探したけれど、なかった。
どうやら粗品などで配られるものらしい。それじゃ、まあ18金は有り得ないわけだ。やっぱりな、と心を収めようにも、縁起の悪さも気になって仕方がなかった。 

 
彼女にお礼を言って、一晩眠れなかった事は伝えたけれど、
自らの人生のツキのなさが、新年早々に招き猫を失うと言うことに象徴されているかのように落胆した気持ちを伝えきることができなかった。
それは、わずか1センチの金の招き猫が帰ってくると言う奇跡に驚いたことと、思いを寄せる人には饒舌にはなれないと言うことの両方であったかもしれない。

 
彼女は、私がせっせとマックに通いつめる原動力でもあるのだ。
私が、彼女を思う時、私は17歳の夏の男子高校生Aになる。
私は、教室で隣の机のKに言う。
その辺にいそうでいないんだ。
彼女は、自分が可憐だって気が付いていないんだ。
黒いしなやかな髪はいつもポニーテールで、彼女が忙しくテーブルや椅子を拭くたび、重ねられたトレーを持ち運ぶたび、キャップから出ている少しのポニーテールが揺れるんだ。
ノーメイクだから同じ高校生だと思うのだけどな。もしかしたら女子大生かもしれない。
目は大きすぎず、小さすぎず、黒いまつ毛が笑顔のたびに、黒目がちの瞳を覆うんだ。
鼻も高すぎず、低すぎず、唇はスイトピーのように小さいけれどふっくらしているんだ。今はマスクが覆っているけどね。
華奢な身体は、店内を歩き回っても、軽やかで音もない。
身長は162センチぐらいかな。
優しさが、素直さが自然に滲んでいるんだよ。
ふーんと聞いていたKが、誰に似てるの?と聞いてきた。
芸能人にはいないよ。
何せピュアだから、花にしか例えられない。
春の花なら桜草、夏の花なら鳳仙花、秋の花なら秋桜だ。

 
金の招き猫が無くなっていることに気がついた、昨夜、正確には一昨晩だけれど、私は、マックを出た後に再びマックに戻ったのだった。
既にテイクアウトのみの時間で、カウンター前には幸いにして誰もいなかったものだから、腰を少し屈めて、床を見渡して探した。
すると彼女がカウンターから出てきて、どうしたのかと尋ねてくれたのだ。
けれど、物に執着する粘着質だと知られたくないと思った私は、事情を少し話して、
「恥ずかしいわ、いいのです」なんて心にもない事を言って、帰って来たのだった。
カウンターの奥には、クールな内田篤人選手似のいつもの青年がいて、出て来たらとっておくと言ってはくれた。
 

 
彼女によれば、別のクルーが見つけてくれたと言う。
みんな親切なんだな。 
有難う。
今日の東京の最高気温は9度、最低気温は3度、曇り時々晴れの予報です。 
革の小銭入れは、内側の生地が破れているので、小銭も時に溢れそうになるので、新しい物に変えるか修理に出そうかと思います。

 


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