今日までは、暖かいと口を揃えて気象予報士が言うものだから、
カフェに行った。
暖かいと言っても大抵は昼間の話で、夜が暖かだった試しはない。
でも昨夜は、まあまあ暖かだった。
目当ては、季節もののジャンドゥーヤのミルク珈琲だった。
カフェの自動ドアが開くと、席を探す必要もなかった。
並ぶテーブルには、女が1人座っているだけだったから。
暫く、座ることのできなかった私の指定席も待っていてくれたかのようだった。
女は、赤の女だと直感した。
サイドの髪が俯く顔を覆い尽くして、女の顔は全くわからない。
けれど、女の洋服は赤い色だ。
いつかのように赤の女だと確信するのに時間がかかった。
スマホをいじった女の顔は、髪の毛で見えないままだ。
赤の洋服と言っても、これまでに見たことのない洋服だった。
それは、薄手の上質なウールのニットの赤いワンピースで、前身頃に、黄色やピンクのタイルのような正方形の文様が赤地に生えて綺麗だった。
少なめに載せてもらった生クリームがカップの底に向かってどんどん沈んで行った。
いつものように赤いタイツなら、赤の女に相違ない。
しかし、昨夜の女は、紺色のタイツだった。
ビビットな色のニットのワンピースは、ピタリと体に吸い付いて、
腹の辺りの肉を露わにしていた。
レナウン娘のその後といった風体だった。
丈の短いニットのワンピースから出た太い脚は、40センチほども開くこともあった。
この時、私は赤の女であると確信した。
世の中広しと言えども、スカートで股を開いて座る女性はそうはいないから。
と、その時、女が突然、振り向いた。
まじまじと女を観察する 私と目が合ってしまったのだ。
真に赤の女だった。
赤の女は、私の顔を見るなり、しゃくり上げるようにはっとしていた。
「また帽子豚女か 」と心で呟いたかどうかわからないけれど、
知った顔だわかったようで、その態度は冷ややかだった。
それからは、スマホから漏れるヒップホップ系の洋楽の音を気にするそうぶりもなく鳴らし始めた。
音楽がピタリと止んだら、誰かからの電話に、「〇〇駅の珈琲屋」と赤の女はお店の名前までは言わずに切った。
誰かが、このカフェまでやってくるのだろうか。
カフェは他に何軒もある。
赤の女が、ロバの耳の耳当てをつけた夜は別のカフェだった。
これから赤の女は、どうするのだろうと気にはなったけれど、
赤の女が私の顔を見たときの、冷たい感じが私をしらけさせた。
今夜は、ロバの耳か、ウサギの耳か頭にかける耳当てを見届ける元気もまだない私は、カフェを出てしまった。
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