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2021年3月7日日曜日

ドラキュラの友だち

 

ざぶーっ、ざぶっーと水をぶちかける音がしてはっとした。
まだ夜の浅い時間だったから、
車や自転車の往来も多々あって、全ての街灯も煌々として、青い大きなバケツをくっきりと捉えることができた。
私が大きく目を見開いたのは外でもない、そこは私が密かに楽しみにしていた場所だったからだ。
バケツを放り投げるように振っていたのは、スーパーマーケットの警備員のおじさんだった。

スーパーマーケットの裏手の駐車場の入り口の片隅に、
誰が植えたのかクリスマスローズとシンピジュームが今時分から
宵闇にも姿を明らかにするのだ。
私は夜の孤独の中に、それを見つけて、孤独の時を薄めてきた。
丑三つ時は、それらの花々も蕾も眠っているのかもしれないけれど、「あっ、いたいた」と私は心の中でいつも呟いていた。

                                           2015.4.21  

最初に見つけてから6年になる。
そして初めて、育てていた人を見つけたのだ。
屋根もない野ざらしの、クリスマスローズとシンピジュームは自然の雨だけで生きているものだと思い込んでいたので、正直驚いた。
毎年楽しみにしていると警備員さんに伝えると、
「やっぱりね、水をやらないと、カラカラになっちゃうんだよね。」
「これ、シンピジュームだよ!」とシンピジュームの蕾を付けた茎を指先で触りながら警備員さんは言った。
2018.4.16 

毎年写真を撮り続けて来た。
深い夜は、街灯や駐車場の灯りもまばらになって、撮っても綺麗に写っていないことが多い。
だけれど、昨年のが一枚もない。
昨年の今時分は、トイレットペーパーを綺麗な敷き紙の上に乗せて神様のようにして撮っている。
トイレットペーパーが市場から消えて、除菌のハンドソープの入荷もままならなくなって、夜な夜なスーパーマーケットに通って、それらが棚にないのを見てがっくり肩を落として帰る繰り返しに、クリスマスローズやシンピジュームのことはどこかに行ってしまったんだな。
昼間に出かけることができれば、列に並んで買うこともできるのにと、悔やんでも仕方がないドラキュラである自分を嘆いていたのだ。
2018.4.27  

そんなコロナ禍でもシンピジュームも生き残っていた。
それはちゃんと水やりをしてくれる人がいたからなんだな。
実は、私の方は小学生の時から一緒に生きてきたホンコンカポックを昨年に枯らしてしまった。
今でも申し訳なくて、寂しくて涙が込み上げてくる。
私は少しでも日が残るうちはベランダに出られないので、水やりは任意でお願いしていたヘルパーさんにお願いしていた。
けれど、人手不足から事業者が変わって、やっと引き受けてくれた先も、1時間だけならという条件がついて、水やりはお願いできなくなったのだ。
植木に興味のない、牛男に水やりを任せていたのもいけなかった。
私のいる居間は窓を全て潰しているので、ベランダに出ることができないのだ。
渋る牛男をおして、牛男の寝室となった部屋からベランダに出た昨年の今頃、闇夜にホンコンカポックの葉が沢山落ちているのにびっくりした。かすかに大木の先の枝がかろうじて緑で葉を3枚ばかり付けているだけだった。微かな希望を持って慌てて差枝をしたけれど、だめだった。
学生時代も一緒に寝起きをして、一緒に東京に出て来て、出張の時も入院中もじっと帰りを待っていてくれていた。
こちらで父が挿し木をしてくれていた小ぶりの鉢の方がどうにか生きていてくれはしたのだけれど。
2018.5.12 

今は、毎晩ベランダに出てバスタオルを干していた牛男を責めることはしなくなった。
私は、なるべく毎晩ベランダに出ることにして、 踏ん張ってくれたホンコンカポックにお礼を言ったり、ご機嫌を伺ったりしながら水やりをしている。
 けれどやはり、傍にある枯れた大木を見るたびに、悲しくて仕方がない。

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