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2019年3月17日日曜日

カフェにて



 膨らみかけた月が蜜柑色に染まって
余寒の夜空に浮かんでいた。
私は、伺うように、こっそりと、ホームカフェに入った。
1ヶ月ぶりか、いやいや2ヶ月ぶりかもしれない。
ホットコーヒーをオーダーすると、
スタッフが「いつもありがとうございます。」と言ってはくれた。
果たして本当に覚えていてくれての言葉だろうか。


店内に入ると、
寒い間は、がらんとしていた出入り口近くのテーブル席も
一席を残して埋まっていた。
奥には、黒の女と刺繍の女が縦に、黒い碁石が並んだように座っていた。
それは、いつものカフェの 風景だった。
私は、たった一つ空いていた、かつての私の指定席の隣に腰を下ろした。
コーヒーを半分ばかり飲んだところで、ようやく背もたれに身体を委ねることができた。
そこに次の客が入ってきた。
先ほどのスタッフが、まだ閉店までには1時間もあるというのに丁寧に閉店時間を説明した。
私にはなかった閉店時間の案内を聞いて、少しばかり嬉しかった。
程なく、かつての私の指定席に座っていた中年の男女が去った。
その後に、やってきたのは、銀縁の眼鏡フレームが光る若い男性だった。
見れば、大きな大きなエルサイズのコーヒーカップをトレーにのせていた。
向かいの椅子に紺色のバーバリーのコートがかけられた。
スーツ姿になった若い男性は、コーヒーには口をつけず、じっと待っていた。
そして、彼のテーブルに届けられたのは、フレンチトーストだった。トーストには、粉雪のようにシュガーパウダーがまぶされていて、端には、白い生クリームがアイスクリームのようにまあるくのっていた。
男性は、スタッフがテーブルにやってきた時に、一礼をし、
スタッフが「お待たせしました。こちらフレンチトーストです。」と言った時にまた一礼をした。
男性は、音を立てずに食し、静かに腰を上げ、そっとコートを羽織って、カフェを出て行った。
スタッフに頭を下げていたことにも、すこぶる気をつかって、音を立てないようにしていた振る舞いにも好感が持てる青年だった。
その間にやってきたのは、何年か前に、コーヒーフロートがメニューにないとわかって、アイスコーヒーとアイスクリームを注文していたデブだった。スタッフが気を利かせて、アイスコーヒーにアイスクリームをのせて出したら、「ナイス」と言って大層喜んでいた男だ。
久しぶりのカフェは、やはりいつもの常連がカフェの景色を作っていた。
けれど、1ピース足りない。
赤の女だ。
私がご無沙汰するずっと前から見なくなっている。



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