「この帽子に心当たりはありませんか?」
「・・・」
「つ、妻のではないかと。」
「昨夜のこと、少しお話していただけませんか?」
「昨夜、外で一緒に食事をしました。一旦は、お店を出たのですが・・・」と刑事に答える良人。
定期券を購入したものの会社に行かない良人の機嫌を取るべく、
良人が好きな無国籍のレストランに行った。
「久しぶりですねぇ〜」と片言の日本語でオーナーに迎えられた。
広いフロアーに客の姿はなく、
整然と並んだいくつものテーブルの上には、
白い大皿が貼りついたように載っていた。
「さっきまでパーティーでした。」とオーナーは言った。
しかし、その言葉を疑った。
店内にスタッフの姿もなく、
怖いくらい静まり返っていたから。
以前よりぐっとメニューが減っていて、
目当てのものもなくなっていた。
出来上がった料理は、オーナーが運んで来る。
オーナーに以前のような愛想はない。
挙句に最後までお水も出てこなかった。
早々に会計を済ませると、
料金が想定外の高さだった。
メニュー表に料金は書かれているけれど、
素直にそれを足した金額ではなかったのだ。
以前からレシートなるものをもらったことがないので、
サービス料なのか何なのかわからない。
不承不承支払った。
「また、よろしくお願いしま〜す。」というオーナーの片言の日本語が癇に障った。
心地良く食事ができなかった上に、
料金も高いことの腹立ちが、どうにも収まらない。
「私、お店に戻って、内訳を聞いて来るわ!」と言うと、
無口という病気の良人は、くるりと後ろを向いて何も言わずに
帰って行った。
独りレストランに戻って、
重いドアを開けると、
ドアの上についた呼び鈴が
「カラーン」と音を立てた。
けれど、中からは誰も出てこない。
入口のレジの脇に伝票が刺してあった。
「これだ!」
私たちの食事の伝票を見つけた。
ゲコ二人なのでお酒は飲んでいないけれど、
お通し代なのか、余分な千円が計上されていた。
近くにあった電卓を叩くと、
消費税が思いっきり丸められて切り上げられていた。
でもそれだけと言えばそれだけだ。
と、その時、
「何をしているんだ。」
低い声に、
顔を上げると、オーナーが柱の影から姿を現した。
「あっ、っ、」
説明をしようとした時、終わった。
「いたっ〜い」
遺体は切り刻まれて、シチューになった。
走る車の窓から、帽子は投げ捨てられて、
「ちょいクレーマーは、うぜぇんだよぉー」と、
オーナーの泣き声にも似た声が夜明けの街に響いた。
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