柔らかな声に、
思わず聞き惚れてしまった。
久しぶりのカフェにあのひとがいた。
赤の女。
下を向いて、テーブルに置いたスマホにイヤホンを付けて、
電話をしていた。
カフェの店内で、マナー違反だけれど、
その声が迷惑だと感じた人はいなかったのではないだろうか。
赤ではなかったけれど、
赤の女の定番アイテムの黒いカチューシャが目に止まったのだ。
初めて耳にする赤の女の声だった。
ビジネスの話に違いない。
でも、そうは感じさせない声と話し方だ。
キリキリと尖っていない、話し方だ。
近眼には、沈んだ水色に墨絵が描かれているかのように見える絵柄のストンとしたフレンチスリーブのワンピースを着ていた。
ワンピースはシルクで、インナーに黒い薄手の長袖のカットソーを合わせていた。
山本寛斎かヨウジヤマモトと言った感じのワンピースだ。
カフェは、ほぼ満席で、赤の女の両隣はすでに他の客が座っていた。
一人挟んだ、となりの隣が空いていた。
コーヒーを載せたトレーをテーブルに置きながら、
赤の女を見て、
赤の女がアパレル関係の仕事であると確信した。
電話の内容はわからなかったけれど、ワンピースが やはりプレタであろうからだ。
席について、メガネをかけてよく見てみた。
墨絵だと思った絵は、写実的な冬の湖の風景だった。
湖畔には、枝だけの樹木がホウキのように鉛色の空にそびえ、
冷たい湖には、身を寄せ合うように数羽の白鳥が端の方、
脇の下辺りに描かれている。
素材はやはりシルクだ。
そして、大玉のパールもどきが連なったネックレスは、
いつものゲゲゲの鬼太郎の目玉オヤジネックレスだ。
赤のワンピースには、驚きの目玉オヤジの連なりだけれど、
グレーの地には、あまり目立たなかった。
それにしても、となりの兄ちゃんが邪魔だった。
兄ちゃんは、帽子を被っていて、ストリートの真ん中で踊り出しそうな奴だ。
椅子に大きなリュックを置いて、オフ状態のパソコンをそのままにスマホに向かっている。早く踊りに出て行っておくれと念じていたけれど、 立って行ったのは、赤の女だった。
電話が終わって、間も無くのこと。
立ち上がると、シルクのワンピースの中央、腰の上にもニ羽の大きな白鳥が描かれていた。
トレーを下げに歩く赤の女の姿は、いつものようにちょっとズッコケタようなアヒルだった。
扉が開いて、 赤の女の後に、冷たい空気が入ってきた。
もう少し暖かくなった本当に春ですねと言える春に、
また会いたい。
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