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青山フラワーマーケット |
不思議な夜だった。
闇に包まれた夕刻、5時20分、
タクシーで高速を飛ばしてもらって北へ北へと向かった。
平日の夜の渋滞に慣れ過ぎていて、
スピードが怖いくらいだった。
帰途もあっという間で、10時過ぎに戻った。
腹ごしらえに、向かったいつものファミレスで、
九州産霜降り黒毛和牛と九条ネギキムチの焼肉丼膳という季節メニューとカキフライを注文した。
最後に、渋皮栗とかぼちゃのプリンサンデーも注文するつもりでいた。
ところが、食べ進まなかった。
美味しいのに。
予想以上のお肉のボリュームが目には嬉しいのに、
途中で休憩となってしまった。
高速のスピードの余韻が残ってか、気分だけは高揚していた。
ファミレス内は、土曜の深夜で、既に人が退けていて、閑散としていた。
向かいの席には、おじさんと青年の間ぐらいの人がパソコンに向かっている。
隣には、栗色の髪を無造作にまとめ上げた、
お姉さんが、赤ワインだけを口に含んで、
夢中で何か作業をしていた。
スマホを叩きながら、次々書き上げていく。
おかわりのデカンタを運んできた、深夜勤務のいつものスタッフが「お冷お持ちしました!」と言った時、
お姉さんが笑って、スタッフも笑った。
おかわりのデカンタが運ばれる度、お姉さんは、
「すみません」と言い
デカンタからグラスにワインを注いだ後、
デカンタの口に回る赤いワインの輪をそっとナプキンで拭っていた。
そのナプキンは綺麗に折りたたまれている。
女子大生だと思った。
綺麗だし、感じも良かった。
再び、お肉を口に運んだり、
ドリンクを取りに行ったりしながら、
考えていた。
何をしているのか尋ねてみることを。
そしてついに、
「ごめんなさいね。何をなさっているの?」
すると予想どおり、にこやかに答えてくれた。
お姉さんは、プロのドラマーで、明日のライブに向けて、
演奏仲間とスマホでやり取りして、譜面を仕上げているということだった。
そして、今度は、お姉さんから、こんな深夜に一人でファミレスにいる理由を尋ねられた。
気がつくと、お姉さんの清々しさに、心が緩んで、いつもは口にしない病名をあっさり告げていた。
すると、中学時代に同じ病気だったクラスメートがいたと言い、
夜しか外出できない不自由を察して、音楽がきっと良い気分転換になると音楽を楽しむことを勧めてくれた。
この時「お姉さん」と呼んでくれたことは、極上の喜びでもあった。
初めて落ち合う奏者とも楽曲を互いに理解することで、ライブで息の合う演奏ができてしまうと、音楽の魅力を語ってくれた。
そして、近くにジャズピアノーバーがあることを教えてくれた。
再び譜面に向かうお姉さんを後に、ファミレスを出て、ジャズピアノバーが入っているという雑居ビルへと向かった。
古い小さなビルの2階に確かにあって、重い扉を少し開けると、
中から、女性が出てきた。
元々土曜日はお休みだったのか、綺麗な中年の女性はお化粧をしていないように見えた。ジャズライブは水曜と金曜なので、是非お越しくださいと。
ふわっとした気分で、夜道を歩いていると、携帯が鳴った。
午前2時、再び北へ高速を走ってもらって、
それでも夜の長い秋だから、
空が薄明かるくなる前の4時半に帰宅できた。
この夜は、いろんなことがあって、一生忘れない日になるだろうと思う。