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2014年9月29日月曜日

営業妨害

いつもの珈琲店で、ふわふわと蚊が飛んで来た。
思わず「あ、蚊だ!」と言ってしまった。
すると隣の男女が、伝票を持って慌てて出ていってしまった。
営業妨害しているのは、蚊かそれとも私か?
しばらく珈琲店に行けないな。

2014年9月26日金曜日

光線過敏対策(パソコン光)

今月3日にパソコン光対策の簡易フェイスガードグッズを披露しましたが、どなたかのブログで、芦屋ロサブランというお店の完全遮光のフェイスガードが紹介されていました。冷感、通気性有りの言葉に惹かれて、即、ネットで購入しました。価格は3456円でした。今日届いたので、早速着けてパソコンに向かっています。
完全遮光の生地本体は、サンバリア100の洋品と変わりなく、裏が綿のガーゼになっていて、それが冷感仕様になっているようです。
通気性については?立体的に縫製されている分、顔にフィットするので、
正直、息苦しいです。表生地の完全遮光の布は通気性は全くありません。手製の、マスクに完全遮光の布を付けただけの物は、ぺらぺらとして、顔の下あたりに空気が入り易い分、呼吸はラクです。
通院に使用できれば、ラッキーと思いましたが、両端の櫛は、髪を束ねていなければ機能しないので、髪を下ろしていると使えないのが難点です。
髪の毛は、実は光の最大の防御になっていて、首の後ろをガードしてくれるのです。キッチンでは束ねるので、首の後ろが火傷状態になってしまうのです。医師からは、常に髪を下ろしているように言われますが、衛生的でないので、照明の方にカーテンをつけたのです。
 額については、パソコン光は帽子では、角度的に防御できないので、海苔半分の大きさ程度の完全遮光布をピンでとめて、つけまつげならぬ、つけ前髪のようにしてパソコンに向かうことにしました。

日焼け止めクリームの塗り直しでは、どうしてもムラが出てしまい、肌を傷めます。というのも、2回目だと、1度は塗ってあるので、塗ったところと、そうでないところが明確には、わからないのです。
しかし、ちょっと息苦しいので、手製の簡易ガードの方に替えますわ〜

 

光線過敏対策ブログ 

2022年7月現在はパソコンの光に対しては、下記の方で対応し、額は完全遮光布を別に当てて、ヘアーバンドで固定しています。

 

2014年9月23日火曜日

お彼岸

今日はお彼岸の中日だ。お墓参りをされた方もおられるでしょう。
私は、光線過敏の症状が重く、夜しか出歩くことができないので、お墓参りはできない。それで、故人の好物であったおはぎを毎日供えて、供えては、食らうという日々だ。
お彼岸の入りから、既に5つも食している。
毎年この秋分の日を境に、一層の食欲になっている気がする。普段から大食漢なので、気のせいかもしれないけれど。
故人が好きだったお店の五目焼きそばを食して、故人を偲んだ。毎日、陰膳はしているけれど、美味しくはない、手料理にげんなりしていることと思う。
一つ200円の餃子は不味いわけがない。
今日が昼と夜の長さが同じ日だと思われているけれど、実際は昼の方が長いのだ。昼と夜の長さが等しくなるのは、今日から4日後だ。
ドラキュラにとっては、気がかりなこと。
今日、仕事だった人も、休養をとることができた人も、また頑張って娑婆を生き抜きましょう。

2014年9月22日月曜日

Can I take your picture ?

真夜中のスーパーマーケットに長身スレンダーな美女3人を発見! 心がときめいた。
176センチはあろう身長だ。3人ともCAと思われる制服姿だ。 お国はわからない。東アジアであろうけれど。
うるさい蜂のように近くをうろうろしてしまった。
段ボール箱がそこここに積まれた、真夜中の24時間営業のスーパーマーケットにいるのは、疲れ果てたサラリーマン、飲食店で食材が切れてキャベツや大根を調達に来たと思われる割烹着姿の調理師、明日の仕込みの材料を大量に求める飲食店経営者とおぼしき人、そして私を含む得体の知れない人々しかいないのだ。そんな独特な空気の中に 今夜は、白百合がカートを押して回っているではありませんか!
 かごに入れているのは、カップ麺やらでん六まめのおつまみおかきだけれど。心が浮き立って、胸の鼓動が止まない。ついに写真を撮っていいかと聞いてしまった。すると「No,No」。おまけにご立腹の
ようで、砕けてしまった。
  帰途、気分を変えるべく缶コーヒーが飲みたくなった。缶コーヒーは、レギュラーコーヒーとは全く別物の美味しさがあって、時々無性に飲みたくなる。昨年ドラキュラのはまりものでお勧めしたコンビニの缶コーヒーは、なぜか某メーカーとのコラボ商品になってしまった。そうなると、ルーツだ。しかし、ルーツの販売機はなかなかない。スーパーはもとよりコンビニでも見かけないのだ。自販機が幾つか並ぶところへ向かう途中、今度は可愛い被写体発見。もう一度、写真を撮ってもいいですか?と聞いてみた。するとうれしいことにOKがでた。「ワン」と。犬はやはり可愛いな。Noと言われたことはない。しかし、名前を聞いたのに、すっかり忘れてしまったのだ。撮影後、目当てのルーツの缶コーヒーを見つけて、千円札を入れたのがいけなかった?おつりを取って、缶コーヒーをバッグに入れたつもりが帰宅すると、ないのだ。慌てて、自販機に戻ると、まだあった。深く安堵した。しかし、その瞬間、わんちゃんの名前をころっと忘れたのだ。3文字の名前。3度も聞き直したのに。1歳のやんちゃざかりの男の子ということだけが記憶に残っているだけなのだ。もしこのブログを見たら、教えてね。
  



2014年9月20日土曜日

第24節 鹿島が横浜に勝利

1点を守り切って、勝ったのは赤いユニフォームの鹿島アントラーズだ。1点を守り切ったと言うより、結局1点しか取れなかったという感じだった。
W杯ショックで、Jリーグ観戦になかなか意欲が湧いてこないでいる。今日はまた、アジア大会の柔道やシンクロも気になり集中できなかったのだ。
W杯終了後、蓮實重彦さんのインタビュー記事を新聞で読んだ。タイトルはW杯の限界だ。「国の期待を背負うとゲームの魅力失う まじめすぎた日本」というサブタイトルが全てを語っている。ゲームではなく真剣勝負になるとおもしろくなくなると言うのだ。徹底的に防御を重視した「負けないサッカー」これを、蓮實さんは「岡田化」と敢えて言うのだ。勝利にこだわれば岡田化が進むと。多分になるほどと思った。そしてますます、萎えてしまったのだ。
というわけで、日の入りが早くなってきて、起きぬけにいつもの珈琲店で、ナポリタンを食した後、既に開始していた試合を観た次第です。
サッカーブログ、それもJリーグのつもりなのだけれど、Jリーグネタは久しぶりで、前回は5月の第14節徳島、鹿島に敗れるだった。Jリーグも残り10試合となってしまった。
鹿島の野沢選手は既に仙台に移籍している。選手の移籍や監督の交替は気になってはいるのだ。

2014年9月19日金曜日

カキフライ


この秋初めてのカキフライを食した。
通院の苦労は、この美味しいカキフライと一緒に腹の中にしまった。
といっても、昨日の通院は、しばらくぶりでもたついての出発だったけれど、気温も昨年よりは低かったし、帰りの病院では、馴染みのボランティアさんがタクシーをすぐさま捕まえに出てくれて、有り難いなあとしみじみ感謝する日となった。
カキフライもまた大好物で、もう始めたかなと自宅前の洋食屋さんへ。子供の頃は牡蛎を美味しいとは思わなかったけれど、いやいや今や病み付きだ。特にフライは、サクサク衣と旨味のあるジューシーなカキの身がたまらない。
皆様はタルタル派?それともおソース派?ですか。
私はおソース派!
カキフライを1番の目当てに何年も通っている洋食屋さんには、昨夜2ヶ月ぶりとなった。カキフライは変わらぬ美味しさだったけれど、残念な事に、お世話になっていた店長さんが辞めていた。

2014年9月17日水曜日

通院ブルー

琉球ガラス

明日は通院で、数日前から思いっきりブルーだ。
3連休後の昨日は、出勤ブルーだった人も沢山おられるでしょう。
光線過敏の症状の重い私は、3ヶ月の夏休みを経ての通院再開だ。3連休よりも、はるかに長く休んでいたので気が重いことこの上なし。
昨年よりは、涼しいけれど、そうは言っても全く通気性のない完全遮光の防御服を着て、虚無僧のような完全遮光の帽子を被り、顔面を覆い、脚に同じ布を巻き付ければ、地獄のような熱さだ。
 今回は、どうしても、さぼるわけにはいかない理由がある。治らないから難病と言うのに、毎年毎年、難病認定の審査があってその為に主治医に書類を書いてもらうべく書類を届けなければならないのだ。いつもは、8月中旬が行政への提出期限だ。今年は、来年の難病制度変更のためずれこんだようだ。 いつも盛夏に、誰に書類を病院に届けに行ってもらうかで問題になる。私は以前、夏季に頑張って通院して、結果、眼が大変なことになってしまった。黒い瞳は皮膚以上に光で傷むのだった。以来、夏季は通院お休みとなったのだ。そんなわけで、行政(保健所)は書類を郵送で受け付けてくれるのだけれど、肝心の書類を作成する大学病院はそうは行かないのだ。良人が土曜日に休みがとれなければ、誰か(聖母マリア)にお願いしねければならなかったのだ。今回は、通院再開の9月となったので、自らが受診のついでに提出できるのだけど。
心の色とは裏腹に、街は早くもオレンジ色だ。

2014年9月16日火曜日

となりの患者12


たかが蚊、されど蚊という事態になっている。
国内のデング熱感染患者数は100人を超えたらしい。
蚊が「うーん」と、うなる季節になると、夏の入院生活の苦い一齣をいつも思い出す。3人部屋で、その時も歳の近い女が川の字でベッドを並べていた。私以外の2人は、移植後の定期検査入院だった。両人とも肉親から腎臓を提供してもらっていたのだ。
「うーん」「うーん」と病室内で蚊がうなりだした。
「キャー」と黄色い声が響いて、となりの患者が布団をばたばたとやり始めた。
「蚊がいるわ!」と悲痛な声も響いた。
私のベッドの下にアースノーマットがあったような気がして、重い身体で覗いてみると、確かにあったので、スイッチをつけた。
しかし、叫び声は止まない。「蚊に刺されるって、よくないんですよ!」と、となりの患者は、明らかに苛立っていた。素人の私にも、蚊に刺されることがいけないことは察しがついた。蚊を媒体に菌が体内に入れば、腎臓が駄目になってしまう事もあるだろう。移植した人は、移植後も常に拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を服用しているので、感染症で重症化しやすいわけだし。肉親だって大変な覚悟で腎臓を提供してくれているのだから、それが駄目になったら、肉親にも申し訳けが立たないという思いもあるだろう。
「蚊取りのスイッチいれました。」とっさにアースノーマットなんて言葉が思い浮かばずにカーテン越しに蚊取りと言った私だった。
しかし、蚊が「うー」「うー」と泣きつづけ、「まだいるわよ!」と黄色い声は一段と高くなっていった。仕方なくベッドを下りて、容器を開けると薬剤の液がなかったのだ。どきっとした。『やばい』と思って急いでナースコールで、蚊取りの溶液を頼んだ。それがまたなかなか来ずに催促の後、ようやくやってきたのは、病棟で一二を争うドジと言われていた佐藤看護師だった。替えの薬剤ではなく、容器ごと別のを持ってやってきたのだ。それを、そのまま点けて、やれやれ。これで黄色い声から解放されると思った。しかし、何故か、蚊が泣き止まないのだ。となりの患者はついにぶっちぎれた。「まだ蚊が飛んでいるわ!」この世に蚊が存在するのは、私のせいという感じになってきた。
まさか!のまさかだ。持って来てもらったアースノーマットの容器を開けると、薬剤が空だ。慌ててナースコールを押して、やってきたのはまたもや佐藤看護師だった。佐藤看護師は溶液の替えを手に、自ら言った「空のを持ってくる私って•••」
元気だったら言っただろう「ドジなのよ。」でも、蛋白尿がどんどん出て、身体を動かす事も、しゃべることも辛かった私は、何も言わなかった。自分を知っているのだなと。
ようやく黄色い声も蚊の鳴き声も止んで、静かになった。(登場人物の名前は仮名です。)
 今回のデング熱の騒動で過剰反応はしないように言われていますが、私のように疾患を抱えている人や妊産婦は、要注意と切に思う毎日です。気をつけましょう。
欄間の透かしのように美しいお品とぶたちゃんは、置地廣場さんにあった虫コナーズのカバーや 蚊取り線香立てです。

2014年9月15日月曜日

帰省



ドラキュラの昨夜の起床は19時となった。ドラキュラとしても寝坊だ。
理由は、 一昨晩、用事があって遠き故郷に帰って疲れ果ててしまったからだ。昨夜の終電0時13分に乗り込むことができてなんとか帰宅した。

出発は18時30分、急げよと最寄り駅の生け花に励まされたものの、到着駅でもたついた。
地方都市の商業施設のテナントもめまぐるしく変化しているものだから。
鰻の宮川か釜飯と焼き鳥の鳥ろうで腹ごしらえをするつもりが、両店舗ともにないのだ。どうやら両店舗それぞれ別の場所ながら関内に移転したようだ。鳥ろうは創業から58年、西口にあったそうだ。宮川も30年はあったのではと思うのですが。うろうろと徘徊して、仕方なくと言ったら一品香に悪いけれど、この地でしか食せないサンマーメンと小チャーハンとしました。
宮川は昨年末にはまだあって、うな重を美味しくいただいた。
まさかそれが最後になろうとは。鳥ろうは、健康だった2004年の春あたりが最後になってしまったか。悔やまれる。悔やまれるのはもう一軒、コーヒー23という野球選手だった飯田徳治さんが元々は、オーナーだったカウンターだけの大倉陶器にこだわったコーヒーショップだ。健康だった時は、通っていたのだ。こちらは、2005年発病する2ヶ月前の1月2日が最後になってしまった。
だいたい、セットのように並んでいた水信と立田野が今や、いつものようにはないのだ。それだけでも、拍子抜けだ。両店舗は別々の場所にあることはあった。はるか故郷には、この10年近くほとんど帰ることがなかった。特に歩く事ができなかった3年間は全く帰省しなかったのだ。
地下街の一角では流行りの青山フラワーマーケットが季節のダリアを一杯に並べていた。
実家で、オルゴールの中から小学生の時に買ってもらったペンダントを持ち帰った。一緒にあったネックレスも持ち帰った。こちらは、高校3年生の時の学園祭で友人らが作って売っていたものだ。お花が最初から一つだけ、不完全な接着だった。来月女子会で会う予定なので、修理してもらいたい。なあに、昨日のような事だから、保証期間内であろう。

2014年9月12日金曜日

銀座も再開発


日本橋、八重洲(東京駅隣接)、そして銀座も建設ラッシュだ。
耐震化に五輪開催が追い風となった。
建設現場での人手不足は、かなり深刻のようだけれど、それはそうだろう。
夜間でもこの有様だ。一昨日の荒井裕子さんの個展の後は、少しだけ銀座を楽しみました。
工事現場の向かいの、晴海通り沿いのロンドンパブや対の石像が並ぶ日動画廊を抜けて、外堀通りのいつもの銀座ウエストへ向かいました。銀座はまた画廊が多くあるのだ。
9時前だったので、急遽中央通りのダロワイヨにパンを買いに向かいました。途中、銀座梅林の前を通り、トンカツやカツ丼に心が揺れるも、身体がどっしり重いので、制して見なかったことに。まだまだ夏の風情も。氷旗の凮月堂には、和と洋の甘味と記されていて、またもやぐらついてしまった。しかし、ダロワイヨが閉まってしまうし、ウエストでベートーベンが待っているのだ。

しっとり女性に出会える夜だけれど、ジュンアシダのお店には格子が下りて、パン屋は売り切れというのがドラキュラの常だ。
 全米オープン男子シングルスで準優勝という快挙を遂げた錦織選手に特別ボーナス1億円を支給することで話題を呼んでいるユニクロの銀座店にも、つい眼が止まった。
ダロワイヨには、前回よりはパンが数あって、食パンもあったのでリーゾナブルな食パンに。
前回というのは、1月19日のようで(有楽町界隈)と半年以上も前だった。日の入りが早い時期にしか来れないのだ。個展を楽しんで、これからさらにウエストでゆっくりしようとにんまりしていると、ふと、勤労者にも何かご褒美が要るだろうと、ケースに並ぶグラタンを良人の朝食用に購入した。
日々感謝しつつも、思いやりの心は、自らが楽しめる秋と冬にしか沸いてこないのか。
ウエストは珍しく空いていました。おかげで、店内の写真を心置きなく撮ることができました。



 アレルギーの野菜を抜いてもらったサンドイッチを、アイスコーヒーでいただきました。
 
有楽町マリオンの吹き抜けは、メンズ館となっている阪急のブルガリの広告が下がっていた。帰宅後は、テイクアウトしたウエストの生シューを堪能しました。
このボリュームの生クリームを全部食せば、一生分の幸せが消えてなくなりそうで、半分を目途に食しました。しかし、混じりっけなしの生乳からできているのでしょう。甘さも控えめで、胃に全く応えず、美味しく食べ進んでしまい、最後にぐっと堪えて少々残しました。これは、評判どおり絶品の罪な生シューです。