過去 1 週間のページビュー

2014年9月16日火曜日

となりの患者12


たかが蚊、されど蚊という事態になっている。
国内のデング熱感染患者数は100人を超えたらしい。
蚊が「うーん」と、うなる季節になると、夏の入院生活の苦い一齣をいつも思い出す。3人部屋で、その時も歳の近い女が川の字でベッドを並べていた。私以外の2人は、移植後の定期検査入院だった。両人とも肉親から腎臓を提供してもらっていたのだ。
「うーん」「うーん」と病室内で蚊がうなりだした。
「キャー」と黄色い声が響いて、となりの患者が布団をばたばたとやり始めた。
「蚊がいるわ!」と悲痛な声も響いた。
私のベッドの下にアースノーマットがあったような気がして、重い身体で覗いてみると、確かにあったので、スイッチをつけた。
しかし、叫び声は止まない。「蚊に刺されるって、よくないんですよ!」と、となりの患者は、明らかに苛立っていた。素人の私にも、蚊に刺されることがいけないことは察しがついた。蚊を媒体に菌が体内に入れば、腎臓が駄目になってしまう事もあるだろう。移植した人は、移植後も常に拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を服用しているので、感染症で重症化しやすいわけだし。肉親だって大変な覚悟で腎臓を提供してくれているのだから、それが駄目になったら、肉親にも申し訳けが立たないという思いもあるだろう。
「蚊取りのスイッチいれました。」とっさにアースノーマットなんて言葉が思い浮かばずにカーテン越しに蚊取りと言った私だった。
しかし、蚊が「うー」「うー」と泣きつづけ、「まだいるわよ!」と黄色い声は一段と高くなっていった。仕方なくベッドを下りて、容器を開けると薬剤の液がなかったのだ。どきっとした。『やばい』と思って急いでナースコールで、蚊取りの溶液を頼んだ。それがまたなかなか来ずに催促の後、ようやくやってきたのは、病棟で一二を争うドジと言われていた佐藤看護師だった。替えの薬剤ではなく、容器ごと別のを持ってやってきたのだ。それを、そのまま点けて、やれやれ。これで黄色い声から解放されると思った。しかし、何故か、蚊が泣き止まないのだ。となりの患者はついにぶっちぎれた。「まだ蚊が飛んでいるわ!」この世に蚊が存在するのは、私のせいという感じになってきた。
まさか!のまさかだ。持って来てもらったアースノーマットの容器を開けると、薬剤が空だ。慌ててナースコールを押して、やってきたのはまたもや佐藤看護師だった。佐藤看護師は溶液の替えを手に、自ら言った「空のを持ってくる私って•••」
元気だったら言っただろう「ドジなのよ。」でも、蛋白尿がどんどん出て、身体を動かす事も、しゃべることも辛かった私は、何も言わなかった。自分を知っているのだなと。
ようやく黄色い声も蚊の鳴き声も止んで、静かになった。(登場人物の名前は仮名です。)
 今回のデング熱の騒動で過剰反応はしないように言われていますが、私のように疾患を抱えている人や妊産婦は、要注意と切に思う毎日です。気をつけましょう。
欄間の透かしのように美しいお品とぶたちゃんは、置地廣場さんにあった虫コナーズのカバーや 蚊取り線香立てです。

0 件のコメント: