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2020年6月7日日曜日

小竹さんは何処へ

置地廣場

 ずっと気になっていることがある。
小竹さんをパタリと見かけなくなったのだ。
小竹さんは、私が勝手に付けた名前であって、名前も知らなければ、70代なのか80代なのか年齢もわからない。
ただ言えることは小さなおばあさんだと言うことだ。
おばあさん、それはとてもわかり易い言葉だけれど、私は将来自分がそう言うくくりで言われるのは嫌だなと思っている。


小竹さんは、洒落て言うならボブカットで、昔ならいわゆるおかっぱ頭の黒髪だ。小さいから座敷わらしのようなのだ。
若い時分に、小菊のようであった時がもしかするとあったかもしれないけれど、今はおばあさんだ。
ずっと以前、職場の先輩が
「美人もブスもおばさんになってしまえば皆んなおんなじになるのよ。」と言ったことがある。
それは、おばあさんに置き換えてもそのとおりなのだと思う。


小竹さんのことを最後に綴ったのは昨年の10月だけれど、
その後もちょくちょく夜のスーパーマーケットで見かけたし、ほんの少し立ち話をすることもあった。
今改めて振り返ると最後に会ったのは、コロナで既にトイレットパーパーがなくなった2月だったと思う。
私がためらいつつも、夜の歯医者に向かう途中に吹き抜けのビルの1階でばったり出会ったのだ。
急ぐ私は、歯医者へ向かうと言って、振り切るように「またね!」と言って「あっ」と何か言いたげな小竹さんを後にしたのだった。


それ以来だから、小竹さんを見かけなくなって既に3ヶ月は過ぎたのだ。
小竹さんが通うスーパーマーケットには、コロナで閉店時間が早くなったことで、私もなかなか足が運べなかったと言うことはあるだろう。
けれど、そのスーパーマーケットに行けば、数人の特徴的な面々には必ずと言っていいぐらいに出会うのだ。
大学の非常勤講師であったに違いないと思われるおじいさん。
白髪は、少し長髪で髪を耳にかけて、必ずジャケットを着ている。冬はウール、夏場は麻だけれど、どれもこれもくたびれていて、講師時代に教壇に立つ際に長く着用していた物に違いない。野菜の一つ一つ、お肉のパック一つ一つ、刺身パックの一つ一つを手にとって、しばらく吟味してからカゴに入れている。
魔女みたいな細い女もいる。歳は70代かもしれないけれど、
黒いストッキングに冬場は編み上げたブーツを履いて、真っ赤な唇はどんな時も濡れたように光っている。栗毛色に染めた髪は、伸びた中華麺の丁度一玉分を垂らしたようだ。
服装は、大抵は黒っぽい膝丈のタイトスカートにジャケットだ。
今は、赤い唇を封印して白いマスクが顔の半分以上を覆っている。
一度、小竹さんと見間違えたのは、中竹さんだ。
あっ、小竹さん!と思ったら、小竹もどきだったのだ。
中竹さんは、小竹さんよりふた周り大きいおばあさんだ。決して太っているわけではなく、背丈が小竹さんより大きくて、おそらく歳も小竹さんより一回りぐらい若いのだと思う。全体的にシャキッとしている。
もう一人、34、5歳だろうか。ムーミンに出てくるミイもいる。いつも上等なイヤホンを耳に入れて、音楽を聴きながら買い物をしている。頭のす天辺には、ちょっと細長い玉ねぎを載せたように髪を結っている。小さなミイは、大きなスニーカーに、淡い小さな花柄のカントリー風のブラウスを合わせたりして、缶詰め売り場で、缶を手に取る、そのミイの横顔に、私は流されないで生きているのよと言うある種の主張を感じる。
 でも何故か小竹さんはいないのだ。
スーパーのお惣菜、お弁当売り場で値引きが始まると、その人の渦の中に必ず小さな小竹さんが紛れていたのに。
何度か、お惣菜売り場を覗いてみたりしたけれど、小竹さんの姿はなかった。




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