川崎ではないけれど、地元では、人に言えないぐらいガラが悪いことで知られた公立中学校を卒業した。
中学の入学式で、校長先生の挨拶に「3年前から卒業式に警官が張り付くことがなくなりました・・・」というセリフがあった。
その時は、意味が良くはわからなかったけれど、中学1年の夏が過ぎると、なんとなくわかってきた。
そして、 凄い中学なんだと痛感したのは、2年生の丁度今ごろだった。
まともに授業ができないのだ。
同級生に『裏番長』の次期候補がいたので、大変だったのだ。
なんでも裏番長は表番長よりも、禊?とでも言うのか、卒業していく番長らの激しい暴力に合うというのが習わしとなっているらしかった。
裏番長の候補者となってしまった同級生K君は、バスケット部で活躍していて、同級生を絶えず笑わせる人気者、ムードメーカーだった。外見もいわゆる不良というほどの感じはなく、短く刈られた髪の前髪だけがほんの少し立っていただけだった。
何故彼が裏番長の次期候補になってしまったのか今だにわからない。生徒の間で投票があったわけでもないし、本人は、毎日怖い怖いと怯えていたのだから、本人が望んだわけでもないのだ。
裏番長が、その素質を勝手に見込んで指名したのだろうか。
2月のある日の国語の授業中、廊下にただならぬ気配が押し寄せてきた。木の廊下が重い音でしなっている感じだ。1人や2人の足音ではない。間もなくガラスが入った朽ちた木の重い扉が勢い良く開けられて、入ってきたのは見上げるほど大柄な3年生と思われる男子生徒が6人はいた。授業中だから、出て行けという若い男性教諭の言うことなど、全く無視して、ずかずかと教室に入り、K君を連れ出そうとK君を掴み上げた。男性教諭も体格が良かったけれど、その制止はなんのその、多勢に無勢だった。大柄な上級生達は、見たこともない連中だった。何せ、全校生徒1500人近くはいる中学だったから。髪が黄色いわけでもなく、特別な学ランを着ているわけでもなかったけれど、その勢いというか雰囲気が震え上がるほど怖かった。
引きずり出されてしまったK君と強面の連中を追うように国語の教諭が慌てて教室を 飛び出して、下の階の職員室に応援を求めに行ったようだった。
その日は、河原でなにやらあったらしい。若い新任の理科の教諭が顔に怪我を負ったと後から聞いた。暴力行為というか決着をつける場所はだいたい決まっているようで、度々、若い男性教諭達がそこに向かっていた。イニシアチブをとっていたのは、生活指導歴20年というベテランのこれまた強面のO教諭だった。鬼軍曹という感じの教師だった。
結局、K君を守るため、登校はK君の父親が、車で学校まで送り届け、授業が終わると、K君は職員室に匿われ、母親が迎えにくるまで待ち、母親とタクシーで帰宅するということが卒業式まで続いた。
中学校では時に、骨折して腕を釣っている男性教諭もいた。卒業式までは、いろいろな事件が起きて、その都度、担任の女性教諭が事情を聞き出し、教師間で情報が共有され、男性教諭達は夜の街に出ていくことも多々あったらしい。
劇場のような毎日に、その時は、懸命に取り組む教師達のありように、特段の敬意もなかった。今、しみじみと、「教育者」という言葉をかみしめている。