ファミレスの夏メニューも
ついに食べ納めの時を迎えている。
既に秋メニューのポスターが店内に貼ってある。
北海道産らいでんメロン バニラアイスクリーム添えを注文したら、お空の三日月より薄くておったまげた。
よくぞお皿の上に立っていられるものだ。
真夜中のファミレスにも常連客がいる。
若い頃、網タイツを履いて踊っていた元ダンサーかと思われる熟女は、いつも窓ガラスにおでこが着きそうなぐらい顔を寄せて外を見つめている。
向かいのパチンコ屋を覗き込んでいるのだ。
パチンコ屋の灯が消える時をじっと待っているのではないだろうか。
熟女の髪は長い。
ダンサー時代からのご自慢の髪なのだ。
サラサラのロングヘアではなく、
一握りの髪を後ろで止めて、椿油で固めている。
服装もラフではなく、
暑い夏でも、ガラスのボタンが光るかっちりしたブラウスにフレアスカートだ。
靴は決まって5センチかかとのヒールだ。
だからと言って上品かといえば、そうではない。
ずんぐりとしたその後ろ姿は、
お世辞にも美しとは言い難いけれど、
憂いがないのが救いだ。
夏の初めに思いを巡らせた。
熟女は、パチンコ屋のオーナーの愛人の1人なのではなかろうか。
昭和の時代に熟女は、デパートガールになるため上京した。
でも同僚に馴染めずに、辞めてしまった。
あてもなく夜の街を歩いていて目に止まったのが、
ダンサー募集、素人歓迎の張り紙だったのだ。
キャバレーのミラーボールの下で踊り続けた20代だった。
キャバレーのダンサーがお祓い箱になった後は、
クラブやスナックで働いた。
男には泣かされ続け、60歳の声を聞く頃、出会ったのが、
パチンコ屋のオーナーだったのだ。
オーナーの母方の実家と元ダンサーの故郷が同じだった。
故郷の話が弾んで、いつしかオーナーの愛人になったのだ。
パチンコ屋の閉店間際、オーナーは店の前にベンツを横付けにする。
パナマ帽を被ったでっぷりとしたオーナーがベンツから降りてくる。
ガツーンとドアを閉める大きな音が真夜中の街に響く。
「今日の売り上げはなんぼや!」
「もうちょっと気張ってや!」と支配人に言ってオーナーは店を後にする。
そのとき、ハンドバッグをぶら下げた元ダンサーが、
軽快なステップで、駆け寄って抱きついて言った。
「あんたぁ〜、お疲れさま!」
北海道産らいでんメロン プリンアラモード |
なぜ、パチンコ屋のオーナーは、
ファミレスには、入ってこないのだろうか。
オーナーはこの街に、3店ほどパチンコ店を経営していて、
地元では知られた人物だ。
愛人の数も五本の指では収まらないのだ。
地元で女といるところを見られるのは、いろいろと都合が悪いのだ。
雨が多くなった夏のおしまいに、
私の妄想は溶けていった。
ある夜、元ダンサー女が街で並んで歩いていたのは、
髪を金髪に染め上げた、
70歳ぐらいの痩せぎすの小さな、
体を揺らして歩く男だった。
どこからどう見てもいわゆる『チンピラ』だった。
朝から晩までパチンコを打っているふうの。
でも、きっと女はダンサーだったに違いない
と私は思っている。
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