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2019年8月17日土曜日

小竹さんと私

置地廣場

 私がドラキュラなら、
遠目に見る小竹さんは座敷わらしだ。
台風がそれて風吹く夜の雑居ビルの前に、
向こうの方から小竹さんはやって来た。
肩よりは少し短く、定規を当てたように切り揃えられた黒髪が風に揺れていた。


今日も昼間に渋谷まで行って髪を染めて来たという小竹さんは、
とても小さな身体で、
おそらく喜寿は過ぎているだろうけれど、
食べたいと言った鮪の中落ちや、カンパチをそれぞれ半分とご飯を一膳ぺろりと平らげた。
九条ネギの厚焼き卵は、流石にふた切れだけつまんで、残りは持ち帰ると言う。
注文の際には、
女学生のように、「どうしようか、貴女どうする?どっちがいい?」と私に尋ねて来た。


 おしまいには、スィーツを食べると決めていたので、
食事は控えめにしようと互いに言い合った。
私は初めての小竹さんとの会食に、小食を装ったのだった。


小竹さんは、前から聞いてはいたけれど、日本橋界隈によく出かけると言う。
榮太郎では、店内で練り切りをいただいて、グリーンティーを飲むのだと言う。
八重洲のてんやの天丼が美味しいので、良く食べるのだとも言った。
けれど、お茶がぬるいことがあって、
「こんなぬるいお茶を出して、入れ直しなさい!」と文句を言ったと言う。
日本橋のオリーブの素麺のお店では、お味噌汁がぬるくて、
「なんだこのぬるい味噌汁は!」と文句を言ったそうだ。
小竹氏は次から次へと武勇伝を語るがごとく語気を強めて得意げに語り出した。
中には、私がずっと以前に大好きだった八重洲の門という喫茶店もあった。
「バーゲンシーズンに御婦人方が、ワイワイガヤガヤと盛り上がって、やかましかったので、この喫茶店には、コンセプトがないのか?こちらは静かなひと時を過ごしに来ているのだ、注意しなさいとお店の人に言った」と。


向かい合って、話を聞いているうちに、
小竹さんが、座敷童子というより、砂かけ婆に見えて来た。
小竹さんは、筋金入りのクレーマーであることに相違なかった。
クレーマーに資格があるなら、クレーマー師範だなとも思った。


 小竹さんは、随分と長い間、スィーツ選びに時間をかけた。
そして、ほうじ茶パフェと決めた。
ほうじ茶パフェには、甘納豆とわらび餅とさつまいものスティックがのっていた。
私は、再びのくずきりを注文した。


小竹さんの友人は、皆んな小竹さんと一緒に食事をするのを嫌がるのだという。
それを聞いた私はここぞとばかりに、切り出した。
それは昨夜、小竹さんが高校生達を注意した時、怖かったということだ。
小竹さんは、何も怖がることはない、正しいのはこちらだと言い張った。


帰途、風に時々煽られながら、
ドラキュラと座敷童子は夜道を進んだ。
夏の夜、お化け屋敷の人間関係ならぬお化け関係が嫌になって、
二人で手に手をとって抜け出して来たかのように。
そして、いつもの別れ道で、小竹さんは、あっさりと「じゃあね」と言った。
いつもは、いつまでも手を振って、「気をつけてね」と繰り返す小竹さんなのに。
私は、小竹さんの自尊心を傷つけてしまったのかもしれなかった。
互いに本名を知らぬままに、「貴女」、「貴女さま」と言う小竹さんと私だった。


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