ひとしきり降った雨が止んだ夜の9時、
カフェへ行った。
私の指定席の隣には、アップルパイマンがいた。
お盆のお花をテーブルに置いたその時に、
私はアップルパイマンのテーブルをそっと覗いた。
アイスコーヒーとケーキ皿がのっていた。
ケーキ皿には銀紙とフォークだけが残されていた。
既にアップルパイは、彼のお腹の中に違いない。
久しぶりに見たアップルパイマンは、顔がふっくらしていた。
下ろし立てのような、濃紺の半袖のワイシャツは弾けそうにピチピチだ。
一時、まあるいマドレーヌにかぶりついていたアップルパイマンだったけれど、原点に返ったのか。
いつもは、本を読んでいるアップルパイマンは、昨夜はずっとスマホを手鏡のように覗いていた。
私は、熱いコーヒーを飲んだのち、かちゃかちゃとスプーンを回した。
飲み終わったコーヒーカップに蜂蜜を垂らして、冷たいお水を注いだのだ。
病気になった初めの頃、免疫の病気には蜂蜜が良いと、みのもんたさんのお昼の番組でやっていたことを思い出してのこと。
蜂蜜の入ったポットから、蜜はなかなか落ちてこない。
私は、歳の数を数えてそれを待つ。
25、26、27、28と。
私はスプーンを回し続けるのだ。
静かな店内に、その金属音が響く。
今度は、切りっぱなしのスーパーマーケットで買った、カサブランカの切り花が、気になってきた。
自分だけ潤って、お花は乾いているではないか。
トイレに行って、お手拭きのペーパーを濡らして、席に戻って花の切り口に巻きつけた。
私は、立ったり座ったり、スプーンをかき混ぜたり、まるで落ち着きのない子供のようだ。
右となりの、すね毛がもじゃもじゃの男もじっと静かに本を読んでいる。
静かな空間に、みんなは、はめ込まれたようなのに、私だけ収まりが悪いパーツみたいだった。
神経質そうなアップルパイマンに、怒られはしないかと、気になって私は、ちらっとアップルパイマンを見た。
幸いアップルパイマンはスマホに夢中だった。
すると、程なく窓際の女性客二人が、沸き出した。
30代だろうか、二人の女性の声は高い声ではなかったけれど、
肩を寄せ合って、美術館を検索している。
その実況中継が始まったのだ。
まるでグーグルのCMのように。
「あった、あった、橋を渡って、」
「これ地下鉄のマーク?」
どうやら二人は、夏休みに海外旅行に出かけるらしい。
私の人生は、毎日が夏休みのようになってしまったけれど、
この夏も、カフェに私の座る椅子があるならば、
それで良しとしますかね。
今日の東京の最高気温は22度、最低気温は18度、雨後曇りの予報です。
皆様におかれましては、良い週末をお過ごしください。
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