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2017年8月2日水曜日

真夏の赤の女

青山フラワーマーケット

その女が赤の女ではないかと思ったのは、
もうカフェを出ようかという時だった。
今でも、あの暑い夜の
あの女が赤の女であったとは思いたくない気持ちでいる。
私は、その夜に限って、カフェに長居をするつもりがなかった。冷珈ソーダの載ったトレーをテーブルに置こうとしているとき、
既に座っていたその女の視線を感じた。
視線を感じながらも、惹かれるような女性ではなかったので、
私は見やりもしなかったのだ。


一気に冷珈ソーダを飲んだ後、
力が抜けて、私は、背もたれにもたれた。
その時、隣の女の肩からかけたままのバッグが目に止まった。
バッグをかけたままでは、くつろげないであろうにと思ったのだ。
次の瞬間、そのバッグに見覚えがあることに気がついた。
中年女性が下げるブランドのナイロンバッグだ。
それは、赤の女がたまに下げていることがあった。
隣の女は、かなり太った女で、もたれていると、
大きな背中ばかりが目の前に広がって、
正面の様子がまるでわからない。
赤い洋服ではないし、まさか。
私は体を起こして、カチューシャを探した。
赤の女なら必ず髪にカチューシャを付けているはずだから。
カチューシャがないことに、私はどこかホットした気持ちになった。
女は、コーヒーカップの載ったトレーの左に、
サプリメントが入ったプラスティックの小さなボトルを2本横たえていた。
横顔は、盛り上がった頬に鼻も目も埋もれ、顎は三重だった。
それは、優しい力士のような面立ちだった。
ミリタリーカラーのタンクトップのような身ごろの綿のワンピースに、黒い綿のパーカーを羽織っていた。パーカーが暑そうだったけれど、それがなければ、肉塊のような肩や腕や背中が露わになることは想像に難くなかった。
首からは、未開のジャングル奥地にある村で、友好の証にもらったようなネックレスを下げていた。
なめした革の紐に、トルコ石、アメジスト、瑪瑙が準急列車の停車駅のように、間を空けて通してあった。ターミナル駅は、金のジャラッとしたものが付いていた。
私は、気がつくと「赤の女」らしさを探してもいたのだ。
カフェを出たかった。
けれど、
赤の女なのだろうか、いや違う、いやそうだと葛藤し続けた。
とうとうカフェには、赤の女と一人の男性客と私だけになっていた。
女の背中を見つめて呆然としていると、
その女がスマホで誰かに電話をかけた。
いつかのように優しい声ではなく、太く、ドスの効いたような声だった。
女は、自分のいるカフェの場所を伝えながら、
サプリメントの蓋を片手で開けたかと思うと、その片手で3錠ほどのカプセルをうまい具合に口の中に放り込んだ。
痩せ薬ではなかろうかと私は思った。
サプリメントをつまみ取った指には、リングがはめられていた。
右手の人差し指、薬指に、
スマホを握る左手の人差し指、中指、小指にも。
それは、和式便所の床にぴったりとはめ込まれた、楕円形の大小のタイルのような平べったい緑や暗い赤色やオレンジ色の天然石で、金の縁に縁取られているものだった。
金は18金かもしれないけれど14金かもしれない。
トレーの右端には、サプリメントが入っていたのかと思われる空の箱が倒してあった。
英語だかフランス語だか定かではなかったけれど、箱には細かな横文字がぎっしり印刷されていた。
女は、これから電話の相手と渋谷のレンタルショップ前で待ち合わせることになったようだった。
もう22時になろうとしているのに。
女が、トレーを下げる姿も確認したかった。
赤の女なら、アヒルのような歩き方だ。
aqua girl

早歩きのアヒルのような歩き方で、女はトレーを下げて、
カフェを出て行った。
大きなその女にも、見覚えがあった。
近頃、一番奥の、突き当りの席に座って仕事をしていた女だ。
私は、帰宅した後もその女のことが頭から離れなかった。
これまで夏に赤の女に出会えないわけが、解かれようとした夜でもあった。
そして、もう一つ、
座ろうとした時、なぜ女が私をじっと見たのか。
その晩の私は、ずっと以前のものだけれど、穴がボコボコ空いたあるデザイナーのブラウスを着ていた。
アパレル関係者であれば、そのデザイナーがわかるであろうブラウスだ。
アパレル関係者であるに違いないという私の推測は、まだ捨てていない。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

☕️��

あんこちゃん さんのコメント...

匿名さん
折角、コメントをいただきましたのに、
文字化けです。
珈琲なのか冷珈ソーダなのかはっきりして!かなと思い、
冷珈ソーダと統一し、明記しました。