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2017年7月21日金曜日

カフェにて

飯田商事

夜のカフェに入ると、
珍しく、
グレーの髪のご婦人が4人、
テーブルを占拠していた。
ご婦人方の隣の、私のいつもの席は空いていた。
どことなく気品が漂う4人は、令夫人といった感じだった。
 三越の紙の手提げを脇に置いて、しゃべっていた。


観劇の帰りだろうか。
よく見るとナチュラスハウスの手提げもあった。
こだわり派たちだ。
4人とも、胸元にはネックレスが輝き、
セットされたように、綺麗なウエーブが整ったグレーのショートヘアから
僅かに出ている耳たぶには、大きめのイヤリングが付いていた。
ピアスではない。
野口硝子 置地廣場

話題は、日経新聞の連載小説だ。
誰かが独占的に喋るということはなく、
お互いに譲りながら、それなりに盛り上がっていた。
ついに小説に共通の知人が登場したようで、
その話は、少しだけ一同の声が高くなった。
ところがある時、
テンポが変わった。
突如4人のうちの1人の独演が始まったのだ。
よく見ると、その女性だけ、少々若く、短い髪が黒かった。
非常に早口で、まくしたてるように喋るので、
一匹だけ頭の黒いネズミが混ざっていたような感じに見える。
演題は日経の連載小説から変わっていて、
家事労働、主に料理の時短技だった。
3人の鼠色のネズミは
「まあ、」「まあ、」と深く感心してやまない。
黒いネズミは、次から次に時短技を伝授する。
「おナスもね、一つ一つラップで包んで電子レンジでチンしてから、焼けば、 直ぐ焼けるのよ。焼きナスもあっと言う間。」と。
すると、
令夫人が、「うちの人が焼きナスは好物なのだけれど、焼くのに時間がかかってね。暑くて疲れてしまうのよ。やってみるわ。」と答える。
次に、頭の黒いネズミが「とうもろこしなんか、蒸すより、一本一本ラップに包んでチンする方が断然美味しいと思うわよ。」
と言った。


時刻は、丁度9時10分前だった。
私は、一旦カフェを出て、近くの9時閉店のスーパーマーケットに飛び込んでとうもろこしを買った。
とうもろこしをぶら下げて、
カフェに戻ると、同じ席が空いていたので、
再び着席して、独演会の続きを拝聴した。
黒いネズミの声は、
多少大きかったけれど、わかりやすく解くように説明する。

頭の黒いネズミの時短技の話が、進む中で、
一人だけ、集中力を欠く 令夫人がいる。
あたりをキョロキョロ見渡して、周囲を気にしている。
4人もいると、大抵一人は、話題と別のことを考えている人間がいるものだ。
独演を聞いていない令夫人は、私の隣だった。
頭の黒いネズミの話を聞かないサマが、次第にあからさまになって、令夫人は、荷物を寄せたり、落ち着かなくなってきた。
隣に座る私の顔を伺うように覗くこともあった。
別の令夫人は、
「そういえば、文学をやっている独身の息子も玉ねぎにバターを乗せてチンして酒の肴にしているわ。」と言って話題に乗っている。
話題が、黒いネズミの子息の話になった。
「ケイくん、かっこいいものね。」と言われた黒いネズミが、突然、独演をまるで聞いていない令夫人に向かって言った。
「お母さん、ケイかっこいいかしら?」と。
似ても似つかなかったけれど、独演者は、独演者の話を聞いていない令夫人の娘だったのだ。
娘の機関銃のような早口の話声が、カフェに響いて、周囲を気にしていたのだろう。







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