飯田商事 |
夜のカフェに入ると、
珍しく、
グレーの髪のご婦人が4人、
テーブルを占拠していた。
ご婦人方の隣の、私のいつもの席は空いていた。
どことなく気品が漂う4人は、令夫人といった感じだった。
三越の紙の手提げを脇に置いて、しゃべっていた。
観劇の帰りだろうか。
よく見るとナチュラスハウスの手提げもあった。
こだわり派たちだ。
4人とも、胸元にはネックレスが輝き、
セットされたように、綺麗なウエーブが整ったグレーのショートヘアから
僅かに出ている耳たぶには、大きめのイヤリングが付いていた。
ピアスではない。
野口硝子 置地廣場 |
話題は、日経新聞の連載小説だ。
誰かが独占的に喋るということはなく、
お互いに譲りながら、それなりに盛り上がっていた。
ついに小説に共通の知人が登場したようで、
その話は、少しだけ一同の声が高くなった。
テンポが変わった。
突如4人のうちの1人の独演が始まったのだ。
よく見ると、その女性だけ、少々若く、短い髪が黒かった。
非常に早口で、まくしたてるように喋るので、
一匹だけ頭の黒いネズミが混ざっていたような感じに見える。
演題は日経の連載小説から変わっていて、
家事労働、主に料理の時短技だった。
3人の鼠色のネズミは
「まあ、」「まあ、」と深く感心してやまない。
黒いネズミは、次から次に時短技を伝授する。
「おナスもね、一つ一つラップで包んで電子レンジでチンしてから、焼けば、 直ぐ焼けるのよ。焼きナスもあっと言う間。」と。
すると、
令夫人が、「うちの人が焼きナスは好物なのだけれど、焼くのに時間がかかってね。暑くて疲れてしまうのよ。やってみるわ。」と答える。
次に、頭の黒いネズミが「とうもろこしなんか、蒸すより、一本一本ラップに包んでチンする方が断然美味しいと思うわよ。」
と言った。
時刻は、丁度9時10分前だった。
私は、一旦カフェを出て、近くの9時閉店のスーパーマーケットに飛び込んでとうもろこしを買った。
とうもろこしをぶら下げて、
カフェに戻ると、同じ席が空いていたので、
再び着席して、独演会の続きを拝聴した。
黒いネズミの声は、
多少大きかったけれど、わかりやすく解くように説明する。
頭の黒いネズミの時短技の話が、進む中で、
一人だけ、集中力を欠く 令夫人がいる。
あたりをキョロキョロ見渡して、周囲を気にしている。
4人もいると、大抵一人は、話題と別のことを考えている人間がいるものだ。
独演を聞いていない令夫人は、私の隣だった。
頭の黒いネズミの話を聞かないサマが、次第にあからさまになって、令夫人は、荷物を寄せたり、落ち着かなくなってきた。
隣に座る私の顔を伺うように覗くこともあった。
別の令夫人は、
「そういえば、文学をやっている独身の息子も玉ねぎにバターを乗せてチンして酒の肴にしているわ。」と言って話題に乗っている。
話題が、黒いネズミの子息の話になった。
「ケイくん、かっこいいものね。」と言われた黒いネズミが、突然、独演をまるで聞いていない令夫人に向かって言った。
「お母さん、ケイかっこいいかしら?」と。
似ても似つかなかったけれど、独演者は、独演者の話を聞いていない令夫人の娘だったのだ。
娘の機関銃のような早口の話声が、カフェに響いて、周囲を気にしていたのだろう。
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