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青山フラワーマーケット |
もう赤の女に会うことはないのではないか。
と思っていた。
その思いは、なんとなくだけれど、
あの日以来カフェで姿を見ることはなかった。
私は、相変わらずラジオ体操に参加する子供のように、夜のカフェに通い続けて皆勤賞だ。
ついに先週末にカードを作った。
カフェの窓に流れるバスや人々を見ながら
赤の女のことを考えていた。
昨晩も。
きっとこの地に少しの間だけ仕事があったのだろう。
赤のタイツ、赤の服、目玉おやじをつなげたネックレス、大きなリボンのカチューシャ、
アパレル関係の仕事ではないだろうか。
そんなことを考えていると、
テーブルのその先に赤の女が、
パープルだった。
春になって、赤の女がパープルに変わった。
変わったから、そうとわかるのに数秒かかった。
カチューシャで、確信した。
隣席に座ろうとしている赤の女に、杖を気持ち自分の方に引き寄せると、赤の女は軽く会釈した。
上から下までパープルというわけではなかったけれど、
パープルの8枚はぎのミモレ丈フレアスカートの主張が強くて、パープルの女だった。
パープルの厚手の綿生地には、家紋のようにまあるいブランドロゴの刺繍が模様のようにあった。
同じく厚手の綿の黒のボレロ風のカットソーを羽織っていた。胸には8ミリ玉の真珠が5つ並んだピンブローチをつけていた。目玉親父ではなく普通の真珠だった。
タイツは、パープルではなく黒だったから、今回は志茂田景樹さん女性版ではなく、
お洒落で、キュートなパンジーかビオラのようだった。
カチューシャは、何気に、また違って、
黒の水玉のオーガンジーの大きなリボンが、ヤモリのように頭に貼り付いていた。
昨晩は、スマホをいじったまま顔も上げない。
今度会ったら、絶対に話しかけてみようと 思っていたのに、
取りつく島がない。
テーブルの向こうの椅子にかけられた、
赤の女のコートに目をやって、
赤の女の頭のヤモリを眺めて、
声をかけられずに、
時がどんどん流れていった。
かけられた、ショート丈のコートは、
黒で上質なミンクが襟に少し付いていた。
スカートもカットソーも決して安物ではない。
バッグはいつもの黒革ではなく、中高年ブランドのナイロンバッグだった。
ショートヘアにカチューシャの横顔を左から眺めることになった昨晩は、
赤の女が若く見えたけれど、
バッグがやはりオバさんと教えてくれた。
閉店までは30分余り、
無職とは言えやらなければならないことはある。
だめだ。
知らない人に声をかける難しさを思い知った。
軟派する、軟派できるって、すごい才能なんだな。
諦めてカフェを出ようとすると、突然の雨だった。
折りたたみの 傘のカバーを外していると、パープルの女があっという間にカフェを飛び出した。
雨に躊躇いもなしに、駅前の横断歩道を渡って行ってしまった。
後ろ姿、コートの小さなフードが揺れていた。
そして闇にパープルが溶けるように消えてしまったのだ。
ああ、追って傘を差し伸べれば良かったのに。