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2013年12月22日日曜日

冬至

街は盆と正月が一緒に来た、ならずクリスマスとお正月モードが一緒になっているところに、さらに冬至が加わって、てんこもりの様相を呈している。
しかし、調べるとクリスマスの起源は冬至祭にあるらしいので、同時期なのは、偶然ではないようだ。
冬至の今日は、かぼちゃを食べましょうとスーパーでアナウンスされているけれど、街にかぼちゃは転がっていない。今日こそかぼちゃを飾って食べよう!と言って
みるだけ。
クリスマス用に注文した鴨のローストが届いたけれど、犬ころのフンのように小さくて、 悩ましい。
 忙しい街中で、一瞬ほっとしたのは、うなぎ屋の軒下、季節に素直に生きている南天鉢植を見つけた時だった。

2013年12月20日金曜日

東京で初雪

今日ついに、東京の大手町で午後3時10分に初雪が観測されたと言う。昨年より25日早く、平年より14日も早いそうだ。
 当然ながら、昼間に飛び出して雪の写真を撮ることなどできないので、そのイメージだけのお届けです。
暮れて外に出ると、既に雪の気配などなく、ただただ寒いだけだった。路地に置かれたクリスマスカクタスの鉢植に雨露のような水がのって、バラはうつむいていた。
いつもの通りのいつもの場所には、真っ赤なフェラーリが止めてあった。いつもは、白いマクラーレンが止めてあるのに。同じ持ち主ではないかと思ったりしている。妬ましさよりは、普段タクシーのクラウンコンフォートにしかご縁がないので、これは何だ?く、クルマか?というほどにそのフォルムが別もので感動した。
こんな日は、白い雪を浮かべたようなカフェモカだ。ココアのようなコーヒーのような曖昧な味が誠に美味だった。
夕食はスープなんとかで、あったかいスープ2種と白ごま混じりのご飯をテイクアウト。野菜は撮って、摂ったつもりでそれでいい、いい加減な金曜日。

2013年12月18日水曜日

東京都心、初雪が降るか?

師走の寒空に咲く向日葵は、先週末バス通りで見つけたもの。今日は一転して、南から進んでくる低気圧の影響で初雪の予報だった。
 太陽光を防ぐため、窓を塞いでいるので、外の様子がわかず、静けさに、しんしんと雪が降っているのかと勝手に想像していた。時折、公園の子供の声が響き、さては雪合戦かなと、思いは膨らんでいた。雨ならば、「サー、サー」とタイヤが雨水を散らす音がするけれど、今日はそれが聞こえなかったのだ。夕方5時に覚悟を決めて出陣すると、降っていたのはぽつりぽつりと雨だった。
しかし、明日朝の都心の予想気温は3度で、深夜には都心でも雨から雪に変わる可能性もあるらしい。といっても、決して雪を望んでいるわけではないのだけれど。 アイスバーンになったら大変だと心底思っている。
銀座に行きたい!師走の賑わいとイルミネーションを拝みたい。
そして華やかな写真をお届けしたいと思っているのですが、あれやこれやと体調の都合で、今年も行けそうにありません。雨に濡れるくたびれた人々の姿という現実的な写真しかお届けできないのがとても残念です。
 今日は、海外から届いたクリスマスカードが鮮やかで美しく、それとホットココアだけがうれしい日となりました。


 

2013年12月16日月曜日

となりの患者10

入退院を繰り返していた年の、ある夏、雷鳴轟くようなバトルが病室で勃発した。
 女3人よれば、かしましいとは良く言ったもので、同じような年格好の女が川の字に並ぶ3人部屋でのできごとだった。
「うるさいのは、オメーの方だ!」 と私は怒鳴られた。
最初にぶっちぎれたのは、実は私だった。「その音どうにかならないかしら!」と私が口火を切ってしまった。
 廊下側のその彼女は、毎晩11時に腹膜透析の溶液パックをバシッビリビリと破り始めるのだった。パックは一つではないようでバシバシと音が続く。消灯時間は9時なので、寝入りばなにその大きな音で起こされる。私は、窓側で、間にもう一人女性がいるが、その真ん中の彼女は眠剤でぐっすり眠っている時なのだ。(ちなみに隣の男性6人部屋の腹膜透析の患者達は、消灯前の8時半頃に、廊下に出て静かにパックを開けていた。)
 夜11時のその行為の後、当の本人は爆睡して夜中じゅう大きないびきが始まる。眠剤を飲まない私は、眠れない日が続いていた。しかし、彼女の言う、うるさいのはオメーだ!、と怒鳴られて返す言葉が私にはなかったのも事実だ。なぜなら、ものすごい喘息発作が何度も突発的に起こるようになり、ベッドから転がり落ちそうなほど咳き込むその音がす凄まじいからだ。ステロイドを服用し始めた時で、ステロイドを相当量服用すると、血栓ができやすくなるため、それを防ぐためにバファリンが処方されたのだった。(おそらくアスピリン喘息だろうけれど、呼吸器の主治医まで病棟に診に来て下さったものの、なんとも原因がわかず、点滴でステロイドを落とそうか?などというお粗末な話になったりした。)
 
言い返された後、朝方までいびきが続いている中、今度は真ん中の彼女が語り始めた。となりの彼女は、2時頃からいつも眠剤が切れるようだった。私は、寝言だとすぐにわかったけれど、まるで正気のような発言だった。「子供じゃあるまいし、毎日毎日、周りの迷惑も考えて欲しいものだわ。そのいびきもどうにかならないかしら••••」お説教のような口調でとうとうと語られた。子供じゃあるまいし?というセリフが今になってわかった。廊下側のいびきの彼女は、自宅が近所らしく、ゴルフのキャディーさんが被るような白い帽子を被った母親が毎朝、7時に病室に訪ねて来ていた。真ん中の彼女は、朝の7時なんて病室に来ていいのかしらと以前から、私に言っていたのだ。
 そして、廊下側の彼女のいびきに堪え兼ねて、「眠剤をもっとください!」と夜中にナースコールで呼び出した看護師に訴えていた。その訴えは、日に日に増して、「ハルより強いの!」「1日の許容量を一度に全部出して!」と怒鳴る一幕もあった。そんな時でも廊下側の彼女は高いびきだった。
結局、真ん中の彼女の寝言で、3人は解散となった。寝言とは思わなかったのであろう廊下側の彼女は、外泊届けを出し、真ん中の彼女は元々手術前で、予定より早く、手術準備の為の2人部屋に移った。そして私だけが、病室に残った。間もなく別の患者がとなりに来たけれど、いつか血を見ることになるなと、私は喘息発作の度にナースステーションに駆け込むようになった。
 

2013年12月11日水曜日

私の通院5

またしても陽光降り注ぐ中、今日の通院となった。
「行きはよいよい、帰りは怖い♫」と歌のようになった通院だった。午前7時20分に無線タクシーを呼ぶと、いつもはなかなか応答がないタクシーが今日は早く手配できた。偶然にも2年ぶり馴染みのドライバーだった。完全遮光の防御服の下は、Tシャツ一枚、保冷剤無しでも暑くはなかったので、それだけでもかなり有り難かった。
ちなみに今日は、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男のように防御服のフードを被り、その上から虚無僧のような完全遮光の帽子を被ってみた。おそらくは、タクシー内で熱くならないだろうという予想の元に。
しかし、帰りは、またもや地獄だった。午前10時を少し回った時間なのに、タクシーのバックから容赦なく照りつける太陽が、防御服を熱くして、汗が吹き出してきた。帰途の道のりはとてもとても長く感じた。
 さて、帰途の苦しさはさておいて、今日は久々馴染みのドライバーから始まり、感動することがいくつかあったのだ。
まず受付後、採血彩尿 がある。私は便宜上、おしっこは自宅で採って持参する。今日はフレッシュなおしっこを提出した後、光をよけながら待合いの廊下を歩いていると、後ろから誰かが声をかけてきた。それは、新人検査技師の青年で、「次回分の尿スピッツとコップです。良かったらどうぞ。」私は勿論有り難く受け取ると同時に、成長したなぁと思った。半年前に、私は「ほぃ!」と凍結したおしっこのスピッツをその新人検査技師の青年の眼前に差し出したのだ。すると、案の定、新人検査技師は、仰天して固まってしまったのだった。
レモンシャーベットのようなおしっこは、おそらく初めてで、びっくりしたのだろう。横で見ていた先輩技師が静かに、教えていた。しかし、青年が仰天したには、もう一つわけがあっようだ。あとで気がついたのだけれど、凍らせたおしっこは、容積が膨らんで蓋を押し上げていたのだ。蓋がくるんだタオルに残っていた。蓋もないおしっこシャーベットに驚いたのだ。おしっこスピッツは、身体を冷やすための保冷剤と一緒に病院まで持ち運んだので、凍ったままだったのだ。
 採血もいつものカリスマ看護師に神の手で上手に刺してもらい、「良いお年をお迎えください」と無事終了した。続いて受診科に行くと、いつもは、待ち合い室の頭上の蛍光灯を何の情もなくバシバシ点ける看護師が「あんこさん、待ち合い室で待ちますか?」私のささやかな抗議、この5年間の恨みとともに皮肉っぽく、「ハーイ、居られないのでうろうろしまーす!」と答えた。すると「待ち合い室の蛍光灯、消しますね。」、どういう風の吹き回しか?私は感動のあまり涙が出そうになった。待ち合い室、2列のうちの1列の蛍光灯を消してくれた。
かくして今日は、待ち合い室の椅子にゆっくり
座ることができたのだ。待ち合い室は窓がなく、私には絶好の居場所であるにもかかわらず、頭上の蛍光灯と診察状況を知らせる画面が、光を放ち、それゆえ、うろうろと落ち着きのない檻の中の熊のように歩き続けなければならなかった。
 会計が済んだら、太陽が高くなる前にタクシーに乗り込みたい!しかし、病院入り口のタクシーは午前中は、追い出されてしまう。通院患者の邪魔になるからだろう。通りに出てタクシーを捕まえることはできない私には大問題なのだ。この春まで、親切な女性職員が私の風体から察して、通院患者を乗せてきたタクシーを呼び止めてくれていた。ところが、その女性職員は定年退職し、引き継ぎを受けたというボランティアも夏の休業を経るといなくなってしまった。ちなみに後任の病院職員は、親切とは言いがたい人物になってしまったので、頼みにはならないのだ。今日は、前回お願いした新しいボランティアの方が覚えていてくれたので、上手くタクシーに乗り込むこともできた。かくして、年内の通院は無事に閉幕した。皆様、お世話になりまして、ありがとうございました。


今日の夕食は崎陽軒の中華弁当

2013年12月8日日曜日

サッカーJ2、徳島が京都を制して来季J1に昇格!

今日、四国勢では初めて徳島ヴォルティスがJ1昇格を決めた。
 徳島のチームカラーにちなんで、青いポインセチアの写真をお届けします。
 しかし、観戦している側の思いも複雑だ。今日の試合もまたサッカーが全く読めないゲームだと思い知らされた。
 J2からJ1への昇格は3チームだ。うち2チームはリーグ戦1位と2位が自動昇格し、今季は、J1から降格したガンバ大阪と神戸がリーグ戦1位2位を、ほぼ常に不動で、両チームが自動昇格を決めていた。残り1枠を4チームがプレイオフで争う中で、今日が決勝戦だった。
京都は、今季も昨季と同様に3位に付けていたので、今日の試合で引き分けでも京都が昇格のはずだった。京都は昨季3位につけていながらプレイオフの初戦で負けて、昇格できなかった。
 今日の国立競技場で、前半戦を圧倒的に支配していたのは京都だった。しかし、前半終盤39分にコーナーキックで徳島の千代反田がヘディングでゴールを決めた。その後43分にはカウンターから津田が ゴールを決めて前半のうちに2得点したのだった。後半も京都が猛攻を仕掛けるが、シュートは決まらずに幕を閉じた。シュート数は、京都が徳島の3倍もあったのに。
試合終了のホイッスルとともに、歓喜で涙する徳島の選手と、 無念の涙でピッチにうずくまる京都の選手が映った。徳島のサポーターには悲願のJ1昇格 が大きなクリスマスプレゼントとなった。

2013年12月7日土曜日

2013年、J1リーグ最終節

今季、優勝したのは、チームカラー紫のサンフレッチェ広島だ。広島は、今季のこの逆転優勝で、2連覇を成し遂げたのだ。
 このJリーグ終盤にきて、誰もが、今季優勝は横浜マリノスだと思っていただろう。今日最終節では、横浜が勝てば優勝が自力で確定する優位置につけていた。しかし、横浜と対戦した川崎が前半で先制した後、得点できずに終わったのだ。
 終了のホイッスルが鳴ると、俊輔がピッチに身体を丸めて崩れた。後半のおしまいにマルキーニョスのシュートはほんのわずか、バーの外だった。どうしても9年ぶりの優勝シャーレを手にしたいマリノス小林選手は、今日の主審西村さんにカードや警告をくらっていた。アディショナルタイムは5分と長く、2点を得点しなければならないマリノスは必死だった。コーナーキックでは、キーパーの榎本も上がったままで、マルキーニョスのシュートはサイドネット、またしてもゴールに嫌われた。全盛期のマルキーニョスには考えられないシーンだった。最後の俊輔のフリーキックは川崎のキーパー西部にはじかれた。
 横浜は前節、新潟戦で引き分け以上で優勝が決まるはずだった。 しかし、新潟に敗れ優勝争いが最終節までもつれこんだのだった。
 2位、3位の直接対決だった、広島と鹿島は、広島が鹿島に2ー0で勝利した。鹿島はエース大迫が2枚のイエローカードで退場、後半10人での戦いだったようだ。
名門磐田は、初めてのJ2降格が決まっているし、序盤ぱっとしなかった川崎が今日最終節で3位となりアジアチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。一方、優勝争いをして今季快調だった浦和レッズは6位で終わった。そして、レッズを永年を牽引してきた、浦和一筋の山田暢久選手も今季で退団だそうだ。
サッカーは、やはり最後までわからないものだ、で今季のJ1リーグも幕を閉じてしまった。明日はJ2です 。
今夜の夕食


2013年12月6日金曜日

ドラキュラ的生活8

ドラキュラは、忘年会にお呼ばれすることもない。
ドラキュラは、どこの組織にも所属していないものだから。
昨晩、健康な友人にメールをしたら、「もう寝るよ、連日忘年会でヨレヨレ、明日も明後日も忘年会です。」とお返事がきた。明日も明後日もメールはご免という事だ。忘年会の最中には、早く帰って寝たいなという人も多いだろう。
しかし、 忘年会に無縁となって10年も経つと、忘年会もまた羨ましい。
暮れるのが1年中で最も早い季節になり、踊る様に外に飛び出して、食事処を訪ねても、本日宴会でいっぱいでと、控え室のようなところに押しやられてしまう。夜でも、この季節はドラキュラの居場所は限られてしまうのだ。












かと言ってドラキュラ達を募って、ドラキュラの会を結成する意欲などはない。黒いマントを羽織り、黒い革のハットを被った大勢のドラキュラ達の真ん中で、ワイングラスに注がれた真っ赤なトマトジュースで乾杯の音頭をとるようなお調子も沸いてこないし。
「カチン、カチン」と、グラスを重ねた音なのか、八重歯がグラスにぶつかった音なのかわからないぐらいうるさい宴になるのだろうな。
ようやく黄金色に染まった銀杏の樹。
師走にしては、あたたかな夜の空気を吸って、はいて、ぬるいたい焼きをかじりながら、今夜もドラキュラは夜の街を走ることなく、とぼとぼ散歩する。やがて短くなっていく夜を惜しむように。

2013年12月1日日曜日

今日から師走

とうとう師走に突入してしまった。
今日の東京の予想気温は、最高気温15度、最低気温7度と、暖かい1日となりそうだ。


お花屋さんには、処狭しとシクラメンとポインセチアが競い合う様に並べられている。どちらも冬には、うれしい強烈な赤が美しい。






雑貨店には、お鍋の一式と、ポン酢が並ぶ。ここ数年お鍋が流行っているようで、単身世帯の増加を反映して1人用のお鍋も沢山並んでいる。
今年は、秋がなく、突然冬になってしまった。いつまでも、夏のおしまいのような格好で、夜の街に飛び出すことを繰り返していたけれど、ようやく冬支度で外出するようになった今日この頃です。フレキシブルに 対応できない自分を改めて知り、来年はフレキシブルに生きるをモットーにしようかな。
 
私の場合5年前から始まった光線過敏の症状のおかげで、大晦日は区切りではなく、12月13日が1年の区切りとなった。12月14日からは、また日の入り時刻が延びてくるからだ。
今年もやり残している事は、数々あれど、師走、13日までは、なんとか「楽しい事」を作って行きたい。
しかし、そうは問屋が卸さない、それが人生なんだなぁ。