緊急事態宣言の発出に伴い、消灯も要請された街では公園の灯りが消えた。そのおかげでドラキュラである私は花壇を覗き見ることができるようになった。
既にチューリップは一掃されて、初夏の花を待つべく花壇の半分を黒い土が覆っている。
今夜のお話は、まだ色とりどりのチューリップが夜風に揺れて、八重桜の花が華麗に夜空を埋めていた頃のお話です。
病態が治らず、私は気持の鬱々が深まるばかりであった。
思い切って黒いつややかな毛並みの闘牛を煽るような真っ赤なコートを羽織って夜のマックへ向かった。
邪気を払いたいと言う思いがあったのだ。
緊急事態宣言前で、マックの夜は少し人が多かった。
そうは言っても、客の数はコロナ前には到底及ばない。
私は、3月の半ばから口の中が赤く爛れてしまっているものだから、刺激のあるコーヒーが飲めなくなっていた。
それでずっとカフェラテをオーダーしていたのだった。
最初にカフェラテをオーダーした時は、内田篤人選手似のスタッフが、聞き返してきた。
その夜は、聞き返されることもなく内田スタッフはカフェラテ代の150円分の硬貨をレジの中に入れた。
すると同時に、桜草さんが黄色いカップを差し出した。
その素早さに、内田スタッフがカップの中身がコーヒーに違いないと思ったのだろう。
内田スタッフは、桜草さんに耳打ちした。
眼を丸くした桜草さんが「すみません」と言って、私の前に置いたカップを慌てて引っ込めた。
私が、端正な顔立ちの内田スタッフの顔を見て、桜草さんの愛くるしい様を見て、ただただ二人を交互に見ているうちに、新たにカフェラテがカウンターに置かれたのだった。
3月にカウンターに立つことがなかった桜草さんは、私と見て反射的にホットコーヒーを入れてしまったに違いない。
それにしても二人の呼吸がなんとまあぴったりと合っていることか。
私は、淡いグリーンのミントの香りがする空気に包まれたような気分になった。
マックに来た甲斐があったじゃないか。
ミントの香りに酔いながら、私は定位置に腰を下ろした。
すると間も無く椅子を何度もひく音、ざわざわと話し声、それらは大して大きな音ではないけれど静かな店内に耳障りな音として響いたのだった。
目をやれば、男と女だった。
男は、カーキ色のトレンチコートを着たままに、座っていた。
コロナ禍だと言うのに女により近づこうと椅子を寄せ続けているのだった。
男46歳、女43歳と推察。
縮れた男の黒い髪の毛の先が、脂ぎった顔に ぴたりと貼り付いていた。
男は大柄で、むっちりとした背中の肉がトレンチコートの生地をぱちんぱちんに押し上げている。
女は小柄で、何もかもが普通であった。
どこと取り柄のない顔立ちで、記憶にかけらも残らないほどに無難な格好だった。
女は、男との近い距離に嫌悪もない様子で、男を見つめ時に笑っていた。
オフィースラブ 、そんな大昔の言葉が浮かんできた。
私は、多感な少女のように、不潔!と心に呟いて目を背けた。
ミント薫る二人と対照的な二人は、中年だから小汚く映るのだろうか、と私は考えた。
でも以前、カフェで見た二人が綺麗だったことを思い出した。(カフェにて)
「ありがとうございました。」笑みこぼれる桜草さんの声を浴びて、爽やかなる空気だけを連れて帰宅したのでした。
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