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2021年5月14日金曜日

マックにて


 太陽光を一切遮断した暗い密室で23時間以上過ごすドラキュラである私にとって、
夜、マックで喉を潤すことは、僅かな安らぎの時であった。
それが、3月のおしまいから少し窮屈な空間となっている。 

 

突如目の前に現れたチョコレートマン。(マックにて
男がテーブルに置いていった小さなチョコレートの箱の中には、
金紙に包まれたチョコレートが二つ並んで入っていた。
チョコレートマンは、甘いものが嫌いだったら誰かにあげて下さいと言ったけれど、そんなことができるわけもない。

 
今夜のお話は、4月の半ばのことです。
その晩も私は大きな池の縁に並ぶ石のように座している人々を確かめるように見渡すことは控えて、
ぽつんと空いているテーブルを見つけるやいなや直ちに荷物を置いてまっしぐらにオーダーカウンターへ向かった。 
チョコレートマンに会ったりしたら、どう応じたら良いのやら。
あの晩私はチョコレートの箱を、仕方なしに家に持ち帰った。
4日ばかりテーブルに置いていたけれど、結局金紙を開いてチョコレートを口の中に放り込む勇気がなかったのだ。
知らない誰かにもらった明治のチョコレートを食って死んだってよ、という話には長い闘病生活の苦しみの影もなく、あっからかんと伝えられる気がした。

 
ツーっとアイスラテを飲み干して、
私は椅子の背もたれに寄りかかって腕をだらりと下ろした。
するとどこから出てきたのかチョコレートマンが突然現れた。
私は直ちにそうとわかったけれど、
「ああ、この前、チョコレートを下さった方? 」と言った。
チョコレートのお礼を言うのは明らかに違うと思って、選んだ言葉だった。
男は、「どうでしたか美味しかったですか?」と言い終えるや否や、あっという間に今度は大きなチョコレートの箱を傾けて、
みるみるうちにマックの小さなテーブルが金色に染まった。
小さな四角いチョコレートはどっさりと小判が積もったようだった。
「どうぞ、どうぞ」男は言った。
私は、その瞬間に、いろんなことを考えていた。
大きなチョコレートの箱をくるんでいた透明のセロファンのひらひらが、たった今開けたばかりと言う感じであること。この何十もの金の包み紙を解いて毒を盛って包み直すのは相当な時間がかかるだろうから、別の何処かでしか毒は仕込めないだろうと言うこと。


私ががっくりとしてそのうちの一つを取り上げると、男の話が始まった。
「いつもコーヒー飲んでらっしゃるでしょう。」
その時私は、チョコレートマンがこのマックの一見さんではないことを知った。
「良くないんじゃないかと思って。余計なお世話なんですけど。」
男のこの言葉には私は素直に耳を傾けながら、体調が悪くてこの頃はカフェラテにしていることを私は伝えた。
男は、 自分もカフェラテを飲んでいること、そして姉を亡くしたと話を始めた。その姉上が大のコーヒー好きで、毎日飲んでいたから、コーヒーが身体にどうなのかと考えるようになったと言うのだ。その姉上に私が似ているのだと言う。だから余計な事だけれど言いたかったと。
姉上を亡くしたという話はおそらく本当で、しかも亡くなったのは割と最近に違いないと私は察した。
チョコレートについて言えば、私は半年ほど前からカカオの農薬を気にして、明治のチョコレートを止めてドイツの有機カカオのチョコレート を食べるようになっていた。だからコーヒーの農薬も気にしていたので、男の話には一理あるとは思った。
けれど、そんな事を話して会話を長引かせたくなかった私はだんまりだった。
もし身体の具合が悪くなければ、私が妹ではなくて姉に似ているという言葉に嫌味の一つも言っていたかもしれない。それより、私に死相でも出ているのではないかと思ってますます暗い気持ちにもなった。
「今日は、お先に失礼します」
男は、隣のデスクで仕事をしている同僚のようなセリフを言ってマックを出て行った。
私は、3月半ばに始まった異様な症状の不安の上に余計なストレスをもらった気がして、やけになって金紙をむしり取ってチョコレートを真っ赤に爛れる口の中に入れた。



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