ドラキュラだからなのか、
月を見るとどうしても写したくなる。
ここまでは良かった。
カフェで一息いれると、
ドラキュラになりたての頃に、
一回だけお世話になった美容室があったことを思い出した。
10年以上前だ。
まだあるだろうかとカフェを早々にに引き上げて、
その美容室に向かった。
途中で風に揺れる白い紫陽花を見つけた。
以前、近くの病院にあった白い長い房の紫陽花と同じので、
病院は改修工事とともにその見事だった紫陽花をみんな取っ払ってしまったのだ。
毎年その紫陽花を見るのが楽しみだったのに。
柏葉紫陽花 |
私は、懐かしい人に出会ったように嬉しくなって、思わずカメラを取り出した。
すると、カメラの電源がオンにできないのだ。
よく見るとツマミがなくなっているではないか。
酷く動揺した。
手提げからカメラを取り出す時に落としたのかと、辺りを見渡したけれど、なかった。
こうなると美容室探しどころではなくなって、
一目散に逃げるように自宅に帰った。
良人にカメラを渡して、事情を話した。
良人は、カメラの入っていた手提げをひっくり返すと、
カメラの部品がないではないかと言わんばかりに、
冷酷な目で私を見る。
大概のことには寛容な良人だけれど、ことカメラとなると人が変わった。
私は、正直なところドラえもんのポケットのように、
カメラ以外に色々なものを入れている手提げの中に部品は落ちているに違いないと思っていた。
なぜなら、カメラを使ったのはガヤガヤとした スーパーマーケットの店内ではなく、人通りのない静まり返った闇の中で使ったのだから、部品が落ちれば音に気づくだろうと思ったのだ。
「カメラを出した時に決まってるじゃないか。」無口という病気の良人の声は小さいけれど、その強い口調に押された私は、懐中電灯を持って、カメラの部品を探しに出かけた。
良人はよほど悔しかったのか「探しに行ったって、ありゃしないよ。近眼でサングラスなんかかけているんだから。」と出がけに言った。
月を撮ったところでは、キャリーバッグを押してホテルに向かうヒジャブを纏った女性達が足を止めて、一緒に探してくれた。
次に紫陽花の前で一人でくるくると回って探したけれど、やはり部品は落ちていなかった。紫陽花のあまりの美しさに、私は指先に力を込めて、なんとか電源をオンにして白いそれを写して帰宅した。
帰宅と同時に良人からメールが届いた。
メールには、ネットで調べたらしい情報が綴ってあった。
部品があったとして、その部分を全部取り替えなければならないこと、修理に一万円かかること。ツマミが取れるというユーザーの苦情が多くあることが記されていた。
それでも私は、改めて捜査官のように丹念にカメラの入っていた手提げの中のものを点検した。
例えば、小さな部品は、空いたポケットティッシュの中に入り混んでいるとか、
たたんだレシートの間に入リ込んでいるとか。
新聞に広げたそれらを、一つひとつ拾いあげて行って、
やっぱりないかと、香水の試供紙を鼻に当てて、手提げに戻そうとした時、シルバーの小さな輪が目に入った。
探し物の部品が出てきて、とても嬉しかったけれど、接着剤で付けることもできず、その部分が全交換というのだから、やっぱりついていないな。
一万円なんて、カフェに2ヶ月も行けないじゃないか。
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