昨日朝8時、霞ヶ関駅では20年前の同時刻に起きた地下鉄サリン事件で亡くなった方々に黙祷が捧げられたという。
事件に巻き込まれなかった私ですら、あの日、あの時の光景が未だに目に焼き付いている。
8時40分過ぎに新橋駅の改札を出ると、街は既にパニック状態だった。救急車のサイレン音 が激しくなり続け、駅のガード下辺りに救急車が連なっていた。しかし、通勤時間帯で都バスも六本木の間を3分間隔で走っているので、救急車のために道を空けようにも、どうにもスムーズに流れない。まるで映画のワンシーンか過激な刑事ドラマの一コマのようだった。
遅れに遅れたいつもの都バスに乗り込んで運転手さんに事情を尋ねると地下鉄で爆発があったらしいと言われた。普段は人の数がそう多くない桜田通りの歩道に人が溢れて、人の洪水のようだった。地下鉄を利用できなくなったサラリーマンが地上をひたすら歩いたのだ。その人々もまた、私と同様に何が起こったのか正確にはわからないまま歩いていたのだ。
救急車は、聖路加国際病院に向かう途上だったというのは、その日の深夜のニュース番組で知った。
あれから20年、事件を起こしたオウム心理教の後継団体は事件を知らない人たちが入信し、再び信者を増やしつつあるとも言われている。麻原回帰などとんでもない話だ。被害者に向き合い、誠実に損害賠償責任を果たすべきだ。
ご遺族や被害に合われた方々が今も後遺症や心の痛みと闘い続けていることを忘れてはいけないと思う。
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