雨がしとしと降る寒い金曜日の夜、
虚しさを埋めるために入ったカフェだった。
細く絞られたスーツを着た若い男が隣にいた。
冷える夜だというのに、男は赤いストローに口を寄せて冷たいのを飲んでいた。
紺地に白いストライプのスーツで、髪の毛をハリネズミのように尖らせている男だった。
ホストかと思ったら、傍にビジネスバッグを置いていた。
男の細い背中に何故か明るさがあった。
スマホを見るその男の姿は、気のせいか揺れているようにも見えた。
すると間も無く見えない誰かと話を始めた。
「階段を降りたら、目の前の横断歩道を渡って。あっ、見えた見えた。」
向かい合う誰かがやってくるようだ。
女に違いないと私は思った。
信号機が青に変わると、傘をさした人々が向かってくるのが、カフェの窓から見えた。
どの女だ?私はとかく派手な女を目で追った。
すると、「ごめん、待った?」
私の目の前に立った女は、驚くほど地味な女だった。
女は、男に何を飲んでいるのか尋ねると、同じものを飲むと言って、荷物を椅子に置いてすぐさまドリンクを買いに行った。
女は、トレーに飲み物を載せて戻ってくるなり、男の飲み物を見て「ストローがない!」と言った。
そして、ストローを探しに再びカウンターに向かった。
ストローは、カウンターにはなかった。
女は、スタッフにストローを要求することなく戻ってきた。
「いいや、口紅つけてないし、このまま飲むわ。」と言った。
そして小さな声で「いただきます」と言った。
「いただきます」のその声が私の心にとても温かく響いた。
女は、ミリタリーカラーのフードがついたジャンパーを着て、パンツを履いていた。口紅をつけていないと言ったけれど、お化粧を全くしていないように見えた。
「髪の寝癖に水をつけたけれど、すぐまた上がってくるんだよ。」と女は男に言った。
女は、アンパンのように丸い顔で、髪は、セミロングほどにも長くなく、だからと言ってショートヘアでもなかった。
メガネの奥のつぶらな瞳が笑うと、への字になった。
女は、季節の飲み物を飲んで幾度も美味しいと言った。
「これ美味しいね。」
と。
そして、
「私、職場でいじめにあっているんだ。」と言った。
「ADバッグ、皆んな机に置きっ放しなんだけど、この前、私のだけなくなってさ、そうしたら、置きっぱなしだからいけないんだと、すごく怒られてさ。」
女は、小さな声で淡々と続けた。
「机の下にも皆んな私物置いていて、私だけダメだと言われて、荷物出して、荷物のスリッパちょっと置いた瞬間に、そのスリッパ思いっきり踏まれたんだよ。」
するとハリネズミヘアの男が、「大丈夫か、ひどいな。」と言った。
女は、瞳をへの字にして言った。
「いいの。いつか暗殺してやるから。」
男が笑った。
そして「ご飯食べに行こう!」と言った。
女は「うん!」と言うと同時に、さっと男のトレーと自分のトレーを一度に持って、 返しに歩いた。
2 件のコメント:
成宮寛貴を思い出してしまいました。好きだったんだけどなー
匿名さん
コメントありがとうございます。
格好良さは、成宮さんの十分の一ぐらいだったかな?
でもそういう雰囲気頑張っている人って感じでした。
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