蒸し暑かった昨夜、
歩めば、
流れる汗に、
蝉の羽のように薄いブラウスが背中に貼り付いた。
数日ぶりのカフェだったけれど、
ミルクやお砂糖の場所を案内されることもなく、
当たり前のように、
アイスコーヒーを出されるがまま受け取った。
席を見渡しても、
赤の女の姿はない。
いつもの席は先客ありで、
その隣に座った。
レーズンサンドを食べている女が隣にいた。
珍しい。
このカフェで品質保持剤の入ったパッケージのレーズンサンドを食べている人を見たのは初めてだ。
ビスケットにレーズンとクリームが挟まれているものだ。
それを、実に上品に食していて、
座る時に目に止まった。
一気にアイスコーヒーを飲んで、汗が引くと、
隣の女が気になった。
かじるという行為なのに、
その様があまりに綺麗だったから。
ビスケットは溢れることもなく、
女の口に何度か近づいて、
ついに平らげられた。
綺麗なのは、ゆっくり食べ進んでいるからだろうか。
空になったパッケージ袋が置かれて、
ふと気がつくと、
その女は黒ずくめだった。
頭には、黒のフエルトのベレー帽が付いていた。
長いかもしれない髪がベレー帽の中に入っているので、
ベレー帽をかぶっているというより付けているという感じなのだ。
そして、黒い大袋に穴を開けて、首を入れた感じの
黒いワンピースをすっぽりと着ている。
綿の半袖なので、不気味さはなかった。
耳には知恵の輪ほどの大きな丸いシルバーのリングがぶら下がったピアスをしていた。
ツヤツヤと黒い前髪だけが、切りそろえられて、ベレー帽から出ていた。
白い横顔は、桃のようにみずみずしくて、
真の20代だろうと思った。
なかなかキュートな女性だ。
おしゃれな黒の帆布のような生地のトートバッグ が向こうの椅子に置いてあった。
しかし、この暑いのにフェルトのベレー帽なのは、
どうしてなのか。
飲んでいたのは、ホットコーヒー。
カップがソーサーに置かれるたびに微かに音がして、
一角だけ冬景色だ。
黒いベレー帽を、
見つめているうちに、
高校時代の家庭科の女性教師が、
黒いベレー帽をかぶって出勤していたことを思い出した。
その教師は、いつも黒い服だった。
恋人が戦争で亡くなって、
以来、喪に服しているという噂だった。
本当のところはわからない。
けれど、女性教師は、
夏は白いブラウスに黒いスカートだったし、
フェルトのベレー帽はさすがに夏にはお見かけしなかった。
黒の女が席を立った。
厚手の黒のレギンスを履いていた。
靴も黒だった。
赤でも黒でもいい、
また会ってみたい。
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