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2008年11月8日土曜日

非常に寂しく思う

筑紫哲也氏が亡くなってしまった。
元気で働いていた時、帰宅してテレビをつけるとそこに必ずいた。疲れていて見る気がなくても気が付くと引き込まれていた。
今、病んで社会と離れているせいかもしれないけれど、魅せられるニュースキャターがいないような気がする。

2008年10月28日火曜日

地獄絵図15

 真夜中の爆音は、まる4日続いた。爆音とともに真っ暗な病室は、赤や緑や黄色の色とりどりの光がピラピラ映って、ミラーボールが回るキャバレーの向かいの朽ちたビルの一室にいるような感じだ。時刻は、決まって午前2時。2日目にやってきたキャプテン(「おつかれナース3」)は、となりのババをゆすり起こしているようだった。ババの応答はない。キャプテンは、さとすように「うるさいよ。夜中なんだよ。テレビつけちゃ駄目だよ。みんなに迷惑だよ。」と言っていた。ババはわかった感じでもなく「夜中かぁ?」と一言だけ。

 3日目の爆音がやんだ時、私の耳にJR東海のCM『そうだ京都に行こう』の音楽が流れてきたような気がした。「そうだ個室に行こう」と決心した。堪えてこらえて、耐えてたえて、忍んでしのんできたけれど限界だ。もうラクになりたいと思った。
 4日目もキャプテンは夜勤だったらしく、爆音にやってきて同じように起こして、注意していた。そして朝、キャプテンは「夜中に寝ぼけるから、今日から眠剤やめよう」と言って部屋を出て行った。しかし、私の心は変わらず、その日個室病棟への移動希望を申し出た。

2008年10月21日火曜日

6人部屋の情景

 それは一言で言えば地獄絵図なのだけれど、その情景をおさらいしておくと、こんな具合だ。となりは、始終ピーピーうんこだ。最初にとなりだった、はす向かいの患者も相変わらず、この世の臭いとは思えないうんこ以上にうんこな臭いのおしっこを1日4回ベッドの上でする。先人達が爆弾と名付けていたそれだ。談話室に逃げ込まなければいられない。始末にくる看護師は用意周到にマスクと手袋でやってくることもあるが、取るモノもとりあえずやってきてしまった看護師は、かたづけると一目散に逃げるように帰っていく。
 そしてもう1人、向かいのねーちゃん。ねーちゃんは、ふらふら病室を出て行っては、どっかで倒れてストレッチャーで運ばれて帰ってくる。そんな晩は、医師数人と夜勤看護師3人が軍隊の行進のように『ドッ、ドッ、ドッ』と靴音高くやってきて、バイタルチェックを行う。1時間ごとに。
 私は全く眠れない。朝カーテンを閉めたまま、なんとか眠ろうとしていると、張り切り副師長がやってきてシャーッとカーテンを開けてしまう。「あんこさん、どうしたの暗い顔をして!アッサですよー」
『お願いだー寝かせてくれー』と言いたいけれど疲れて声も出ない。
副師長は昨夜の病室全体の様子はわからないのだ。なぜなら、この病棟では口頭での引き継ぎが全くない。看護師に1人1台のノートパソコンが支給されていて、各看護師は、その日の担当の患者のデータを見るという具合だ。しっかり見てるかどうかは確かではないけれど、その日担当する患者のことしかわからないのだ。
 あとの2床だが、1床は脳梗塞か何かの後遺症かと思われる婦人で、話すことも歩くこともできず、いつもベッドからずるっと下がったままじっと悪臭に耐えている。時々看護師に、「自分でベッドの柵を蹴って自分で(ベッドの上の方に)上がって!」と鬼のようなことを言われている。
 もう1床は検査入院の比較的若い患者が2日程度で回転している。皆口々に2日の辛抱と言いつつ鼻をつまみ、その日の検査が終わると外出許可をもらって、お出かけをしてしまう。
 私は、窓の向こうに見える個室病棟を懐かしく思い、切なくなるのだった。

2008年10月15日水曜日

地獄絵図13

 朝晩下剤を飲み、点滴にも下剤を入れているとなりの患者。1時間に10回近くのおむつ交換。いつまでつづくのだろうピーピーうんこは。その患者の右となりの患者は食事中のおむつ交換の時、「げっー」とむせていた。私も連鎖反応で「げっー」となった。
 その後少しして、ドクター井上がやってきたようだ。声だけ聞いていると井上君はオカマのようなしゃべりだ。「どうしちゃったのかしら、毎日どんどんクレアチニンが上がっているのだけど。」
 私は床の中で手に汗握ってそのセリフを聞いた。そして心の中で叫んだ『井上君、井上君、どんな理由で下剤を沢山使っているか知らないけれど、そして私は素人だけれど、始終ピーピーうんこなんだから、ごくごく単純に考えて脱水だろう!喉が渇いて夜中にビードロ遊びのようにコップをポッコンポッコン吸ったりしているし。カツオの刺身も腎臓を痛めたかもしれないけれど。』
 瞳を閉じると、灼熱の太陽の下、線路が果てしなく続いている光景が浮かんできた。決して列車が通ることがない線路。(登場人物の名前は仮名です)

2008年10月9日木曜日

地獄絵図12

 ある晩、始終ピーピーうんこのとなりの患者のところに息子がやってきた。晩といっても7時ごろで季節は初夏だったのでまだ明るかった。息子は「お袋!明日は、かつおの刺身持ってきてやるからな。」と言って帰って行った。私は気絶しそうになった。

2008年9月27日土曜日

地獄絵図ビードロを吹く老女

 ポッコン、ポッコン!聞こえてきたのは、夜中の2時だ。犯人は、下剤を飲んだ上、下剤を点滴から入れて24時間始終おむつ交換をしてもらっているとなりの患者だ。
 今度は、何だ、一体何事だ?『ぽっこん』という済んだ音が鳴っている間、私は一瞬考えた。夜中にビードロ遊びが始まったのか。退屈になったのか、気晴らしか、しかし、夜中の2時だ。時間を考えろ!いや6人部屋でビードロ遊びは昼間だって大迷惑だ。大体なんでビードロなんてモノがあるんだ?「退屈でしょうから、故郷のビードロを持ってきたわ」なんて見舞客でも持ってきたのか。
 よーく耳を澄ましていると、ストロー付きのプラスティックの飲み物の容器をちゅうちゅう吸って、その容器の底が上下してポッコン、ポッコン大きな音を立てているようだ。もう下剤漬けのピーピー状態も5日目になったろう。喉が渇くのも無理はない。しかし、夜中にこんな音を立てなくても。
 8分間隔のおむつ交換に文句は言えないけれど、切れかかっていた私は気が付いたら「うるさいぞー!いいかげんにしろ!」と怒鳴っていた。
 すると老女は、ポッコンを止めて「ちゅいません」と言った。歌麿のビードロを吹く女の色気とは対照的な老女の言葉と声になんだかおかしくなった。
 

2008年9月17日水曜日

病院食

 食事が美味しい病院は、今どきでも自前だなぁと思う。外注の食事とどう違うかと言うと、なんか根本的に違うように思う。自前の美味しい病院食は、「病院食」という感じではなく、お料理上手なお母さんが作った「おうちのごはん」という感じ。塩分や栄養制限などが多くある特別食でも感心するぐらいに上手にできている。
 一方、病院食の専門業者に委託しているところの病院食は「病院食」然としている。献立にはやたら凝った名前がつき○○のピカタだのなんなの、しかし、どれも名前負け。我慢して食べて3日だ。あとは鼻について、ふりかけでご飯を食べるのは、入院したことのある人なら経験があると思う。業者に言わせれば、病院からの受託費用に見合った食事を提供するしかないということだろうけど。
 そんなことを考えていたら、汚染米が最大手の病院給食受託会社から患者に提供されてしまったという。会社は知らずに購入したのかもしれず、被害者かもしれないけれど、一番の被害者は、患者や入所者だ。
 ここで20年前のように、食材調達から調理まで病院でやる「自前」に戻したらどうだろう。難しいかもしれないけれど、今またスローフーズの時代だ。

2008年9月9日火曜日

おつかれナース3

 早押しクイズのようにナースコールのボタンを押して、10分と空けずおむつ交換を頼むとなりの老女。そんな事を知ってか知らずか、ある朝、若い男性看護師が「僕なんかにおむつ交換させてもらえるなんて、うれしいな。」と。言わなきゃいいのに歯の浮くような事をわざわざ言って、まずは1回目の交換!
 交換が済んで、男性看護師がおそらくナースステーションにたどりつく前だったろう、直ぐさま老女はナースコールのボタンを押した。やってきたのは、今出て行った男性看護師。「また?はーい、はーい」と2回目の交換。なんせ下剤を内服して、かつ末梢から、つまり点滴からも下剤を入れている老女。時には、おむつ交換している最中にもピーピィーと音がして看護師の「あーあー」という悲鳴が聞こえてくることもある。隣の私だって悲鳴を上げたい。
 2回目のおむつ交換が済んで直ぐまたナースコール。またまたやってきたのは同じ男性看護師。3回目に呼ばれた男性看護師の口から出た言葉は「今取り替えたばかりだから、取り替えなくてもいいでしょ」だった。男性看護師3回目にしてギブアップか。すると老女は「女は不潔にしておくと、膀胱炎になるから駄目なんだよ」と言った。私は『確かに。ばあさんはやはり呆けてはないなぁ』と思った。男性看護師は黙って3回目の交換をして部屋を出ていった。その後は、他の看護師がおむつ交換をしていた。
 その日の夜、私が密かにキャプテンと呼んでいる看護師が、0時から明け方6時近くまで64回黙々とおむつ交換をした。眠れない怒りよりも、看護師に敬服した。私だったらお尻の穴に栓をしてしまうに違いないと思った。


2008年9月3日水曜日

三拍子

 イケメンで性格が良くて頭が良い奴はいるか?うーん、いないなぁ。同じように病院で、設備(医療機器含)が良くて、スタッフ(医師、看護師等)が良くて、食事が美味しいと三拍子そろったところはあるか?うーん、これまたない。あったならば、その病院の台所事情は火の車だったりする。三拍子そろった男がいた!と思ったらプータ郎だったりするのと同じだ。
 私がお世話になっている病院の取り柄は、食事が美味しい事だ。一つ良いところがあれば、それで良しとするしかないのだ。

2008年8月25日月曜日

地獄絵図10

 ボスの後のはじのベッドに移れば、少しはマシになると思ったのは甘かった。それは、見通しが甘い私の人生そのもののようだ。
 ばあさんのうんこ以上にうんこな臭いのおしっこ臭からは全く逃れられなかった。が、考えてみれば当たり前だ。隣のベッドに優に手が届く、ベッドがひしめき合った狭い6人部屋だ。そもそも、前のこのベッドの住人(ボス)が臭いが辛くて脱走を繰り返していたわけだし。
 さらに環境は悪化した。引っ越した当初、隣だった手下は、わずか二日で退院し、後任は、これまた年がら年中、ぴーぴーうんこの、おむつのばあさんだった。今おむつを取り替えてもらったかと思うと、すぐさままたナースコールのボタンを押して、「おむつを取り替えて!」と言うおばあさんだった。
 認知症かと思ったが、そうではなかった。歳は60歳半ばぐらいの。どういうわけか、下剤を内服した上、点滴にも下剤を入れていた。カーテン一枚を隔てて「ピーピー」と天下を引き裂くような、けたたましい音が鳴る。臭いの方は既に空気だ。うんこ以上なうんこ臭をかいでいると、普通にうんこな臭いはもう感じない。
 来る日もくる日も、24時間、隣のピーピーは続き、その合間にバーンとシンバルのように向かいのはじで、うんこ以上にうんこな臭いの爆弾が投下される。そんなある夜、薬の時間になった時、夜勤の看護師が隣のばあさんに、「今日の昼間うんこ出た?」と尋ねた。私はついに神が来た!と思った。隣のベッドで横になっていた私は、大きく頷いた。『ピーピーでっぱなし!』と心の中で私は叫んだ。
 しかし、次の瞬間私は凍り付いた。ばあさんは「出てないよ。」と答えたのだ。「じゃあ、今夜も下剤飲もうね」と看護師。『う、うっそー!うそだぁ〜』涙が溢れ出てきて、天井やカーテンが滲んで見えなくなった。