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2012年12月24日月曜日

月

昨日、サッカー天皇杯準々決勝4試合をテレビ観戦した。うち2試合は録画放映だったけれど、見終わった夜10時過ぎ、外出すると寒空に張り付いた月がサッカーボールに見えた。
 昼間の試合は、ほとんど夢の中だった。普段は寝ている時間だから。ガンバとセレッソ戦は延長戦に突入したまでは記憶があるけれど、延長戦でガンバが得点した折り、これでガンバの試合が最低でも1試合観られると思った安堵からか、その後のことはわからない。鹿島と千葉の試合は、さっぱりだ。馬がフィールドを悠々と走り、それとは無関係にサッカー選手が必死にボールをつないでいる夢を見た。気が付くと、テレビ画面は競馬中継になっていた。夜の録画放映は楽しめた。連勝続きの大宮が、試合を決めるように思われたが、昨年のJリーグ王者の意地を見せた柏が追い上げ、ロスタイムにストライカーの工藤が決勝点を決め、これぞサッカーと思わせてくれた。マリノスとグランパスの試合は、じれたけれどPK戦にもつれ、元日本代表同士、玉を置き玉の前に立った中澤とキーパー楢崎の画には息を飲んだ。

2012年12月19日水曜日

13年ミート

それはまさに出会いだ。
13とは2013年なのか?だとしたら私への未来からの贈り物。
それはまた、冷凍庫から出てきたモノ。
牛挽肉の一塊。
13.7.7製造13.7.8消費期限のシールが付いている。
意味がわからずに、しばらく時間が止まったようになってしまった。
未来からの贈り物でもなんでもない。過去の遺産だ。
記憶をたどれば、平成13年7月7日に私はここに住んでいなかったか、引っ越して来た日だ。
この小さな塊を、線路の向こう側の木造アパートから、引っ越し屋さんのトラックに乗せて運んだのか。ため息がでるほどのしみったれぶりだ。さすがに今は、それを食べる勇気がない。
しかし、この負の遺産も、
引っ越し記念品だと思うとまた捨てられなくなる。引っ越しの並々ならぬ思い出が沸いてきて、もう捨てられない。職場の机の引き出しの中にはいつも胃薬の瓶が3つ並び、終電に駅の階段を駆け上がり、毎日毎日ゆで卵とウインナーだけのおかずの弁当を寝ぼけ眼で詰めて、気が付くと洗顔フォームで歯を磨いていた。妙な味とひどい泡に「げっ」となった。昨日と今日の区別がつかないくらい働いた。アパートの階段をころげるように降りたら、ヒールの高さが右足と左足で違っていておまけに靴自体の色まで違っていたり。飲めない酒を飲んでこらえて家でゲロを吐いて・・・涙涙のサラリーウーマン時代にやっと手に入れた今の住まい。
ここは思い切って決断しないと新しい年は迎えられないだろう。
今宵も、遅ればせながらの「断捨離」です。

2012年12月1日土曜日

限りなく黒に近いブルー

ブルーだから病気が悪くなるのか、病気が悪くなるからブルーになるのか、どっちやねん!
 ある朝起きたら、右手がグローブのようになっていて、こわばって思うように動かない。これは起こりうる症状だけれど初めてなので、ショックで少し呆然となった後、混乱した。光線過敏がなければ、直ぐに家を飛び出して、犬のようにはぁはぁしながら、自宅の周りを三回歩き回るのに。しばらくして治まって、原因を考えた。原因と言ったところで、そういう病気なんだから考えても仕方がないが、子供のころから考えても仕方のないことをぐるぐると止めどなく考える。前の晩、酉の市に行ったのだった。参拝客の列は蛇のとぐろのようにぐるぐるとうにゃうにゃと狭い境内の中を幾重にも重なってはみ出てやきそば屋台の脇を突き抜けて、さらに曲がって折り返していた。結局、1時間近く寒い思いをしたのだった。医師は、暑すぎるのもいけないし、寒いのもまた病気を悪くすると言っていた。この世に神も仏もないとはこのことだ。1時間待って、30秒間、ひたすら病魔撃退を祈念したのに。おまけに、小さいながら熊手まで買ったのに。
 翌晩、ブルー打開に、かねてより予約してあった美容院に髪を切りに行った。夏の間は、日が長く、髪を切りに行くこともできない。香里奈さんを目指していた髪は、いつしか椿鬼奴 さんになり、既に連獅子の獅子の髪のようになっていた。髪が濡れると頭がぐらつくようになっていた。髪を切って、頭が軽くなって、近くの東京タワーを見たら、気持ちが上向くかもしれないと思った。しかし、あまり効果はなかった。片田舎から上京して、東京タワーを間近に見ながら大都会東京で働く喜びに胸が躍った昔を思い出して、とてつもなく情けなくなって、気がつくとひたすら、下を向いて南に南に歩いていた。

2012年11月14日水曜日

仕方なく断捨離

断捨離は、順調ですか?という友人からのメールに、何それ?と考えた。今日のチラシ、昨日のチラシ、その前の・・・・いつから散らばっているのか、チラシがカルタように広がって足の踏み場もない状態だ。既に床の木肌は見えず、チラシを踏んで滑っていた。ああ、そうだった当月初めは断捨離のことを記したのだった。
 06年消費期限の挽肉を捨てた後、魔の通院だった。通院数日前から徐々にブルーになって、無事に帰宅した(私の通院)後、ますますブルーになった。治らないとわかっているのに辛い思いをして通院することのむなしさよ、これを徒労と言わずして何を徒労と言うのか。頭の中は、3年前に正式に認定を受けた、舌をかみそうな長い病名でいっぱいになっていった。この病名だけは、すらすらと言える日はこないだろうと思いつつ、しかし、いつしか病名もすらすらと言えるようになり、それがまた悲しい。
 そうか断捨離かぁと。収納庫から賞味期限09.02.05のメンマの小瓶を出した。たぶん甘辛味で、ラーメンに載せたら美味しいだろう。3年前が 賞味期限のものは、私としては許容範囲の気もするような「若い」お品だ。テーブルにおいて、眺めている。
 しかし、今日のチラシを捨てることの方が先じゃないのか?テーブルの上に飾ってある、深紅を通り過ぎて黒く変わっている薔薇を捨てる方が先じゃないか?いやいや先週買ったばかりだけど捨てると決めたシナモンが先か?
シナモンの話はまた別の機会にするとして、要するに、ブルーを理由に今日のチラシすら捨てられないから、93年期限の食品が眠っているわけだ。本日は、黒い薔薇とチラシの何枚かを捨てることにするか。

2012年11月11日日曜日

マスク着用開始

先週の日曜日、女子会で品川まで行った。行き交う人々が、咳をふりまいて歩いていたので、マスク着用開始を誓った。
06年の入院の終盤戦で親しくなったご婦人とそのお嬢様との会食の運びとなった。初めに、美味しい大きな海老天丼の店を提案されたのだった。しかし、その店は、天使の輪のような蛍光灯が鼻の先までぶら下がっていることがわかりアウトとなった。そして、品川の天ぷらのお店となった。真新しい大きなビルには、品川水族館を想わせるイルミネーションが輝いていた。3人が注文した天ぷら定食の海老は、小指ほどの小さなちいさなものだったけれど美味しかったので、やれやれ。何しろ、私の光線過敏のせいで、時間は夜、お店はハロゲンライトの店となったのだから、美味しくなかったら立つ瀬がない。
 魚のイルミネーションを見て、昔むかしの事を思い出した。母が入院していた時、同室に居酒屋のママがいた。居酒屋のママらしく、ママは医師に魚の名前をつけた。戦闘的で、いつも、どしどしと病室に入ってくる、顔が長い医師をカマス、物静かな小柄な医師をメダカ、顔が四角い医師をヒラメと名付けた。カマスもメダカも中堅医師で、メダカは内視鏡で結紮する処置がすこぶる上手いと評判だった。ヒラメは大学を卒業して間もなかった。居酒屋のママの主治医はメダカで、ママがベッドの上で大きなクッキーの缶を抱えてむしゃむしゃと食べているところに、メダカが入って来ると「メダカだ!」と言って缶を布団でかくしていた。シュークリームの時にはどうすることもできず、メダカに見られてしまったが、メダカは、何も言わないで、少しにこりとしていた。シュークリームを差し入れたのは、私だったので、私も一瞬ひやりとした。ヒラメは、新人らしくいつも大人しかったけれど、となりの患者が「先生もS大学出身ですか?」と聞いた時、ヒラメはいつもかけているマスクを外し「いいえ!J大学です」とやや大きな声で答えたのが印象的だった。
 それから時がずいぶんと流れて、メダカは開業し、カマスは北部の方の基幹病院のセンター長まで勤め退官したと風の噂で聞いた。今、ヒラメは、医局の中を上手くひらひらと泳いでいるだろうか?

2012年11月8日木曜日

酉の市




豪華絢爛な熊手。
本日は、通院だったので、よれよれで言葉がありません。










2012年11月4日日曜日

病院の新設はとっくの昔から規制されているんだけどなぁ

大学の新設の不認可が、唐突に決まって物議をかもしている。
病院は、はるか昔、昭和60年の医療法改正で実質的には新設されることはなくなっている。
 おおざっぱに言えば、病院の場合は各都道府県が人口等を加味して、定めた医療圏ごとに必要な病床数を定め、オーバー区域では増床が認められないのだ。ほとんどの地域で、既に法改正の時点で病床過剰となっており、特別な場合を除いては、新設はもとより、増床も認められなくなっている。
 病院と大学では社会的に果たす役割は違う。
しかし、少子化が言われて何年になるんだ?これまで新設大学が認められていたことが、どうかしている気がするけれど・・・・
 えっ、近所にクリニックができたけど?と言う人がいるかもしれません。以前にも書きましたが、クリニックは診療所であり、医療法上病院ではありません。

2012年11月2日金曜日

遅ればせながら断捨離

添加物の入った食品は食らわないようにしている。
リコピン、カロティン、ポリフェノールを多く含む食物を沢山食べるようにしている。
厄介な病気を患ってからの事だけれど。
しかし、腹はいつも12分目。
食品の消費期限、賞味期限は気にしない。これがいけないのか?
冷凍庫の中に06.2.26消費期限と記しのある牛挽肉の塊が二つある。06とは2006年だ。買った後、入院してしまったのだ。
処分しようかどうしようか迷っている。数ヶ月前から。
友人にメールで意見を求めると、ムンクの叫びのような絵文字が返ってきた。誰に尋ねても、捨てろ!と言われるだろう。
昔、賞味期限が数年前に切れている、マヨネーズが20数本、ケチャップが10本以上、ソースが10本ぐらい出て来たことがあった。
我ながら、どうして1人暮らしの住まいにこんなに沢山の調味料を買い込む必要があったのだろうと思う。ある日、遊びに来た両親がそれらを発見して、仰天し、処分してしまった。「止めて〜」と懇願する私に、ケチャップとおソースだけ数本残してくれた。しかし、「このウチで食事は絶対しない。恐ろしいウチだ!」と両親に言われた。
その母も亡くなり、もはや処分してくれる人はいない。
ロンドン五輪の前に、93年が賞味期限の、クックドゥを10箱捨てた。在庫が悪という認識もなかったのだろう。
遅ればせながらの断捨離です。今宵は06.2.26消費期限の挽肉を捨てることにしよう。



2012年11月1日木曜日

冬至?

夏の赤いキョウチクトウの花も、真っ暗闇夜に溶けて見ることができない。
夜、咲いていることがわかるのは、白いクチナシの花ぐらいだ。
公園で、赤い花を沢山つけたキョウチクトウの木が、夏の風に大きく揺れたのを見たのも思い出だけになった。
夜しか外に出られないというのは、こういうことなんだなあと、しみじみ寂しい。
季節は、店じまい間際の花屋のウインドーで知る。
10月に入ってカボチャが並んだ。今日はまた新しいディスプレイになるのだろう。

2012年10月26日金曜日

帽子

人生を振り返るように、冬の帽子を数えてみた。
ざっと20個。
バブリーな時代のものは、クラシカルなデザインで値段も高かった。10年ぐらい前からカジュアルなものが主流になって、私も倣ってウールの布やフエルトでもつばが切りっぱなしのものを被るようになった。
ユニクロの服に英国貴婦人の帽子というわけにはいかないのだ。
昨年、歩けるようになって百貨店で4つ目の帽子の箱を買った。その時、昔の帽子は捨てようかと思うが、思い切れないと店員さんに言うと、「帽子は捨てない方がいいいですよ。また流行が巡ってきますから。」と言われた。
確かに、今年はまたクラシカルな感じになってきた。昔の帽子のいくつかは被れそうな感じだ。洋服の流行は、大きなトレンドは巡ってくるけれど、ディーテイルが違って、再び昔の服が着られるということはない。
帽子は、大抵無地だし、色もクロ、茶、ベージュ、白、えんじ、紺程度だ。ディーテイルと言っても、つばと頭の形、リボンに変化をつけようにも知れたものだ。
 しかし、これらの帽子もみんな夜のお出かけのお供だ。夜、白熱灯の光は防いでくれる。日のあるうちは、外出できないわけで、通院の時は、特別な完全遮光布の虚無僧の被るような、広いつばであたりが見えない特別な帽子だ。つくづく、帽子には縁が深いのかも知れないと言えば、気持ちが納まる?いや治まらない。夜だけしか歩けないのだから、お供の大事な帽子が色褪せないでいいと思えば気持ちが収まる?いや治まりゃしない。
クラシカルな帽子を普通に昼間被って歩いていたのは、遠い昔のこと。