となりの患者3には、実は醜いオチがあった。今でもしばし、苦々しく思い出すことがある。消灯時間をとうに過ぎた11時に、ベッドの上でお経を唱える80歳をとっくに過ぎているであろう婆の話だ。こらえ性のない私は、ある日、看護師に訴えた。すると、はりきり副師長がやってきた。しかし、証拠がなければどうにもならないと言うのだ。録音でもしろと言うのか、こちらは病人なのでそんな体力も気力もないのだ。諦めていると、その晩もお経が始まった。丁度その時、廊下を歩く看護師の足音がして、私は、やっとのことで廊下までよたよた歩き、お経を唱えている現場をわかってもらおうと呼びとめた。たまたま白衣の天使の金田さんだった(白衣の天使は、いる)。金田さんは、となりの患者のカーテンをそっと開けて、「もう11時を過ぎているので、他の患者さんの迷惑ですよ。」と言った。すると、ベッドから降りて出て来た婆が言った「何のことですか?」「お経のことですよ。」と金田さん。すると80歳を過ぎた婆から思いもよらぬ言葉がでてきた。「わたしゃ、お経なんか唱えてませんよ。この女の作り話でしょよ!」
私は婆の言葉に唖然とした。そして、負けたと思った。尿たんぱくが大量に出ていて、立っているだけでとても疲れる私は、膝に手を当てて身体を曲げてうづくまるような体制で堪えていたけれどこの言葉に崩れそうになった。どんな組織にも、こういう奴は必ず、2人はいるものだ。問題が起きて、自分は知らないと公然としらを切る奴だ。いわゆる卑怯ものだ。相手が、婆じゃなく、私も元気だったら、首根っこをつかんで思い切り卑怯者と怒鳴っていただろう。80歳も後半だろうと思われるその婆。これまでの生き様が伺える。
人に問われて、知らない答えられない、そんな宗教なんか、やめちまえ!私は、心底思った。
しかし、動じなかったのは、金田看護師だ。婆の言葉をどこ吹く風とかわした。「お経はデイルームで唱えたらどうなの?」
すると、婆は言った「そんな人前で、お経を唱えるのはイヤだよ!」 お経など唱えていないと、つい今言ったのに、金田看護師の言葉にひっかっかったのだ。「じゃあ、ナースステーションで唱えたら」と金田看護師。これについても、看護師がいるところでお経を唱えるのはイヤだと言った婆。「それでは、他の患者さんの迷惑にならないように消灯前にやりなさい」金田看護師は最後まで、静かに諭す様に言ったのだった。(登場人物の名前は仮名です。)
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