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2014年1月4日土曜日

お江戸の春4〜時代は、駅ナカ?〜

「バブルを知らないんです。
幼稚園の時だったんですぅ。」
聞かされた相手が凍り付くようなことをいつも言っている。
1月2日、洋服を購入すると時刻は午後8時を回っていて、ファッションビルのレストランはどこもクローズだった。
テーブルから撤収された灯りを見て焦り、百貨店に戻って、お子様用のようなワンタン麺をすすって駅へと向かった。
午後9時半、東京駅に向かう道には人気はなかった。さすがに、お正月2日だ。
小腹がすいている。頭の中は、何をいつどこで食べるかということで一杯だった。駅構内のおむすび屋を見つけるも、既にテイクアウトのみの時間になっていた。
そう、流行っていると言えば、今は駅ナカだろう。駅構内にある商業施設を言うそうだ。今や百貨店は流行っているのかと言えばそうとは言えないだろう。最近は、高額商品の売上が伸びているというけれど。そして、15年もの長きに渡り、減少し続けた売上は2012年に16年ぶりに上昇に転じたそうだ。しかし、拡張やリニューアルが盛んな駅ビルの商業施設とも競合している。こうやって百貨店の売上動向を気にかけたりしていると、バブルを知りバブルを惜しんでいるふうに思われてしまう。それは心外なのだけれど。
駅ナカには、当たり前のように駅弁屋があった。そうだ駅弁を買って帰ろう!しかし、時刻が時刻だけに、果たしてお弁当があるかどうか?
あるある、迷っている間にも新しいお弁当が積まれて行った。散々迷って、写真を撮って撮りまくって、買ったのは雲丹わっぱめし一つ、蒸したウニがご飯の上に載っているらしい。
 雲丹わっぱめしをぶら下げて、気分良く駅弁屋を出ようとすると、駅弁の標本を発見した。これにいたく感動してしまい、今度はとなりのお店へ。
駅ナカの百貨店、飛ぶ様に売れていたのは、やはり東京のお土産だ。午後十時を過ぎても、店員さんは品出しに追われていた。お客は、学生らしきおり、爺婆おり、いろいろだ。途中で店内でイリーのコーヒーが飲めるとわかり、いただきながら、楽しんだ。
帰途、蛍光灯をよけて座って考えた。同窓会というものは、歳をサバ読む必要が全くないんだということ。
いただいた年賀状の文面からこのブログを読んで下さっているとわかるものがあってうれしかった。しかし、1日のアクセス件数と届いた年賀状 の枚数が同じなのは、どうしてだろうと。
雲丹は想像以上にあって、満足でした。

2014年1月3日金曜日

お江戸の春4〜まだバブルに恋してる〜

真実もないと知りながら
何を求めてそこを目指すのか
今年初めに向かった先は、百貨店だった。
1月2日にそこに向かうのが永きにわたる慣例だからなのか。再び、歩くことができるようになって最初に目指した場所もここだった。まだ恋してる、また恋している?
幸か不幸か、不幸に決まっているけれど、難病で太陽光には、全く当たることができなくなったために、東京駅の到着時刻は、昨年と同日のほぼ同時刻、午後5時46分となった。明らかに、昨年より人が多かった。2割増しという感じだ。
東京駅も駅に隣接する百貨店も変わったけれど、日本橋に向かう八重洲界隈のごちゃごちゃした感じは変わらない。
路地にいつもあるヤツデの鉢植え。ヤツデは、昨今すっかり見かけなくなっている。

 到着した百貨店には、昨年の珍事とも言える失態のお詫びの言葉などは掲げられていなかった。残念に思った。
結局目的の物は買うことができず、予定時間の午後6時45分に近くのファッションビルに向かった。
百貨店は、開店と同時に相当な人が押し寄せたらしく、めぼしいショップは既にお品が乏しくなっていたのだ。昨年以上の集客があったことは確かだろう。アベノミクスの影響か、増税前の駆け込みか。
近くのファッションビルも同様で、いつものショプはガランとしていて、絶望的になった。ドラキュラのウィークポイントである昼間外出できないことが、ショッピングでも災いするのだと。今日のために、まるまる二日間養生して備えたのに。なんという事態だ。買う気もない店で、洋服に握手を求めるように、ただただ触り続け、さほど買う気もないのに黒い革の短いフレアスカートを試着した。鏡に映ったエースコックの豚ちゃんのような我が姿に正気に返った。
 
そして、目当てだったガランとしたショップに戻り、必需品のようなボトム2本と、最初に少し気に止まったワンピースのようなシャツブラウスを試着した。シャツブラウスは昨年と同じJean Paulなんとかというブランドだった。着脱に難ありで、気がついた。このブランドのデザイナーは、一度着たら、他の洋服は着せないぞ!というコンセプトのもとにデザインしているのだろうか。
 しかし、虜になってしまっているようだ。どれか買うのを控えようかと迷ったけれど、来年は消費税が上がるので、洋服なんぞは買えないからと、3点とも購入した。 つづく(お江戸の春4は明日につづきます。)


2014年1月2日木曜日

おせち

昨年末に、和食がユネスコ無形文化遺産に登録された。和食とは、納豆だって干物だってそうであろうけれど、おせちはその代表格かもしれない。登録の際に、政府が和食の特徴を4つ掲げたそうだ。
置地廣場
その内容は、海、山、里と表情豊かな自然が広がり、各地で地域に根差した多様な食材が用いられていることや、季節の花や葉などで料理を飾り付けたり、季節に合った調度品や器を利用したりして、季節感を楽しんでいること、栄養バランスが良く、動物性油脂が少なく肥満防止等に役立っていること、日本の食文化は、正月などの年中行事と密接に関わって育まれ、食の時間をともにすることで、家族や地域の絆を深めてきたなどだ。おせちは、 これらの4つを全て満たしてなお、おつりがきそうだ。
 しかし、お三度が全くもってして苦手で、近年頑張らないことをモットーにしているので、おせちは取り寄せました。和食の特徴とされる家族の絆を尊重すべく、今年は2社から取り寄せることとしたのです。年末年始に獲物を狙う虎同士と化すのは、和食の神髄に反するのだから。いつもは、3〜4人前のおせち3段重がわずか1日半で空っぽになるのでした。
 
そして、来年には、消費税が上がるので、今年限りと決めました。来年は、カップラーメン、カップ焼きそば、たまごかけごはんと心に堅く誓っている。これらは、日頃は食さないようにしているので、特別な日に解禁する真に「ごちそう」と言えましょう。
 
今回のおせちの一つは、日頃お世話になっているなんとかレディーから冷凍のを、もう一つは、誤表示で名前が連なった百貨店から、浅草の料亭のものだ。誤表示が報じられた時には、時既に遅し、注文した後だった。急かされて、告白されて、踊らされている消費者の一人だ。
小さなキャノンが優れものなので、冷凍の霜まで写っていますが、お愛嬌ということで。
 届いた日にちも異なり、年末から食し、昨日全てを平らげました。今年も平和でありたい。


2014年1月1日水曜日

元旦

謹んで新春のお慶びを申し上げます。
今年も皆様が、春の光のように穏やかに、お過ごしになられますようお祈り致します。
当ブログを今年も何卒よろしくお願いします。 
   

2013年12月31日火曜日

大晦日

只今、時刻は4時50分です。
冬のドラキュラのぎりぎり活動時間であり、新聞配達員さんに一礼して、仕上げた年賀はがきを投函してきたところです。
今年も、あんこを読んでいただき本当にありがとうございました。
 晦日の晩は、主催者ご夫妻のご厚情により個人名(主催者ではない)を冠に掲げたプチ同窓会に出席することができました。深夜に帰宅後、その勢いで年賀状を仕上げた次第です。
 今年は、同窓会で、よじくれた心が救われたことが大きな収穫です。何せ、この9年間、友人に励まされながらも、高等学校で過ごした3年間というものは、忘れてしまっていました。青春時代の数々の思い出が、一瞬でも今の苦悩を吹き飛ばしてくれたのです。
 今日は、大晦日らしくお蕎麦の写真でもお届けしたいのですが、大好きだったお蕎麦 は光線過敏の症状を重くするので食べる事ができなくなってしまいました。この年の瀬に、光線過敏でお悩みの方から投稿をいただきましたので、その事を少し綴ります。
お蕎麦に含まれるフロクマリンという成分がそのようにさせるようです。そうとは知らず、食して、食している最中にあっという間に発疹が出てきて、かゆいのなんの。お蕎麦を啜っては、かきむしるを繰り返しました。大抵のお蕎麦屋というのは紫外線ががんがん出る蛍光灯 を使用しているので、蛍光灯のせいかと思いましたが、蛍光灯とお蕎麦のダブルだったんですね。痒みは数週間続きますし、跡が残るので、諦めました。今夜お蕎麦をご用意されておられる方が、羨ましい限りです。
 葱やわさびのお薬味を載せて豪快にお蕎麦を啜る方も、お蕎麦アレルギーで食べられない方も、どうか良いお年をお迎えください。
そして、来年もどうぞあんこをよろしくお願いします。 
今年は少し故郷が近くなりました。


2013年12月25日水曜日

クリスマス

「出来上がって参りました。こちらです。」
「美しいですねぇ〜」
照りといい、艶といい申し分のないお品に仕上がっていて思わずため息も出た。
「20カラットのお品と成りました。」
「お会計は後ほど、2億円となりましたので」
クリスマスの今日、自分へのプレゼントだ。 
時刻は、午後6時を回ったところだった。歯科医師も、すでに30人近い患者の治療をこなした後だったと思う。
仕上がってきた艶やかな乳白色それは、水晶のようでもありオパールのようにも見える、セラミックの歯の被せものだ。 
美しいですね〜という私の言葉に、歯科医師も疲労から乗ってしまったのだろう。
そう、クリスマスの今夜は、歯医者となった。光線過敏の症状が重いので、日の入りの早い秋、冬という季節にしか歯科医院に通院できないので、クリスマスの今夜も通院となった次第だ。
これで心置きなく、おせち料理もむしゃむしゃといただける。
クリスマスのお食事などは、とっくに消えた。23日に届いた、それ用のアップルパイは、その日のうちに平らげてしまった。メインの犬のフンほどの小さな鴨肉は昨夜、胃壁にくっついてあっけなく消えた。薄くスライスされた鴨肉を、良人の小さな小さな米粒のような目が捕らえた。
私のお皿の鴨肉の枚数と自らのそれとを数えているのだった。男女平等、それが私が受けてきた学校教育だから。食い意地の張った者同士、クリスマスの夕食はいつにもまして恐ろしい。
 
帰途、いつもお世話になっている洋食屋さんの前に、クリスマスケーキの箱が一つだけ残っていた。25日の夜の8時、値引いてくれたなら購入かなと邪念がよぎった。カロリーを考えて、アップルパイにしたのに、生クリームたっぷりのホールのクリスマスケーキをさらに食らっていいのか?しかし、もう気がつくと店長に値引き交渉をしていた。売れ残ったら、近所の居酒屋に頼みに行くつもりだったという店長との交渉はあっさり妥結した。
5号サイズのクリスマスケーキをぴったり半分にナイフを入れる手が震えた。

2013年12月24日火曜日

クリスマスイブの街

今日の東京の最高気温は13度、最低気温は5度と、まあ、普通に寒い日となりました。
予約のケーキを受け取りに来ているのは、ママやパパ。
反対側のおだんご屋でおだんごを買っていたのは、可愛いおねえさんだった。