朝の5時だった。となりの病室で、まとめた荷物を横に置き、山高帽にジャケットを着た、年寄りがベッドに座って何やら看護師になだめられている。年寄りは、「今日は退院日だからウチに帰ります」と繰り返し言っているのだ。
看護師は困り果てている。会計だってまだクローズだ。事務職員も来てはいない。退院後の薬だってできているはずもない。
75、6歳ぐらいのお爺さんだ。その身なりは、なんと申しましょうか、オリンピックの選手団とともに、入場行進するJOCの役員のような出で立ちだった。夜にまとめたのか、ボストンバッグが一つお爺さんのとなりにある。パジャマがユニフォームである病棟で、その光景は、朝日の中、浮き立っていた。ぱりっとした身なりと裏腹に、お爺さんは一方的に「ウチに帰ります」をオオムのように繰り返している。
私は、 下痢が続いていて毎朝5時頃に、外来病棟のキレイなトイレまで駆け込む日々だった。結末はいかに?と思いながらも、お尻に力を入れて競歩選手のような格好でトイレに向かった。そしてトイレから戻ると、病棟出入り口の自動ドアが、開かない。腐ったシジミが口を半開きにしているように、わずか10センチほど開いているだけだ。お爺さん対策だと、思った私は、ならば、手動で開けられるだろうと手で開けてなんとかにゅっと入った。すると、今度は廊下でボストンバッグを下げたお爺さんと看護師が「ウチに帰ります」「まだ駄目です」とやっていた。
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