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2013年5月25日土曜日

どん尻争い、大分対磐田は引き分け

ともに低迷する大分と磐田が今日、大分銀行ドームで対戦した。
大分は、現在Jリーグで最下位、勝ち点で並ぶ磐田は下から2番目だ。勝ち点3が欲しい両チームは、勝ち点1を分け合う1対1の引き分けで終わった。
JリーグはW杯予選でこれ以降、中休みに入る。
両チームとも中休みに立て直して末に広がって欲しい。

2013年5月23日木曜日

アジアチャンピオンズリーグ、柏が8強入り

日立柏サッカー場の観客席は、黄色で揺れて、勝利に沸いた。
昨日、アジアチャンピオンズリーグで唯一勝ち残った柏が、韓国の全北を3対2で破りベスト8に駒を進めた。広島、浦和、仙台は、1次リーグで敗退してしまった。日本のクラブチームの8強入りは、2年ぶりだ。試合は、序盤から全北の勢いにのまれ、オウンゴールで先制を許し、柏のシュートはなかなか枠を捕らえられなかった。
 しかし、昨日一際厳しい面持ちだったネルシーニョ監督が工藤をフォワードに上げて流れを変えた。前半のおしまいに、渡部のヘディングで追いつき、後半ジョルルジワグネル、工藤の得点で優勝した。工藤は、Jリーグ得点ランク2位で、今日初めて日本代表にも選出された。ただ、やはり8強入りが日本勢で柏だけというのが、とにもかくにも残念だ。
 

2013年5月22日水曜日

患者のつぶやき2

あったらいいなと思うものがある。というより、切にあって欲しい物がある。それは、金魚鉢サイズの洗濯機だ。
 入院中なんと言っても困るのは洗濯物だ。パジャマは、たいてい院内のクリーニングサービスを利用できる。私が入院していた大学病院では、朝、看護師さんに洗濯物を渡すと、クリーニング屋に出してもらえた。院内のクリーニング屋にわざわざ行かなくてもすんだので、病気の重い時は大変助かった。(院内のクリーニング屋に出しに行くために、任意で介護事業所にヘルパーを頼まなければならない病院も多い。)
 問題は、下着だ。下着をクリーニング屋に出すというのも、なんだか非常識な感じだ。院内にランドリーがあるじゃないかと思うかもしれない。しかし、どうも抵抗感がある。となりの患者が、うんこをもらして、そのパンツを捨てずに、そのままランドリーの共同利用の洗濯機に投げ込んでいたからだ。となりの患者は、とてもいい人だった。みんなそんなものなのかもしれない、と思ったら、もう永遠に共同洗濯機は使う気持ちになれない。
下着の洗濯は、家族以外には頼めないものだ。家族が近くにいて、時間があって洗濯物をとりにきてくれて、また、届けにきてもらえる人がどれだけいるだろうか。昨今、男女とも独身者が溢れている。金魚鉢サイズのお独り様洗濯機が欲しい。ベッドの下に置くことができて、脱水までやってくれれば良いのだ。ベッドの脇に干せば、乾燥した病室ではあっという間に乾くのだから。

2013年5月21日火曜日

巻き返せるか磐田

Jリーグもあれよあれよと言う間に、全試合の三分の一が終わってしまった。大丈夫か磐田で案じていたが、その後も磐田は、低迷し続けている。4月27日第8節の湘南戦で初勝利を飾ったものの、翌月5月3日の甲府戦では、またもや敗戦となり、翌日森下監督が解任された。
 その後、長沢ヘッドコーチが監督を務めていたが、3試合勝ちがない。これまでの成績は1勝3分け8負で、勝ち点では最下位の大分と並んでいる。
 そして、日曜日、ロンドン五輪で男子日本代表を率いた関塚氏が新たに監督に就任することが発表された。 ロンドン五輪では、日本は惜しくも韓国に敗れメダルを逃したが、関塚監督は川崎で指揮を取り、当時の川崎を強豪に育てた。関塚監督の下で巻き返しなるか?ちなみに昨年ガンバは、監督を替えた後も迷走し続けた。

2013年5月16日木曜日

やはり誤審、Jリーグ20周年記念試合

ディフェンスラインの向こうに、興梠選手がいて、頭で決められたシュートは、素人が見ても「オフサイド」っていうのだろうと思った。画像が再び流れて、「オフサイド」「オフサイド」と知った被ってテレビ画面に向かって独り連呼した。
先週11日土曜日に行われた、Jリーグ開幕20年を記念して行われた浦和対鹿島戦。オフサイドではなく興梠の得点となり、この得点で、浦和は1点をリードして2対1となり、勢いに乗ってさらに追加点を取り、優勝した。審判に抗議した鹿島のダビはカードまでくらった。鹿島選手達の審判への抗議の画像、それに怒るホーム埼玉スタジアムの熱い浦和サポーター達の画像も映された。
 しかし、その日のテレビ各局スポーツ番組の解説者達は、この件にはほとんど触れなかった。ただ、興梠選手自身が試合後のインタビューで「ラッキーなゴール」と言い、本人もオフサイドポジションを承知していた?と思える発言だった。今日、改めて審判の誤審が認められた。水面下では、厳しいやりとりがあったのだろう。サッカーは流れも大事?オフサイドが最初から認められていたら、試合はどうなっていただろう。
 

2013年5月14日火曜日

季節は巡る、焦る断捨離

今日の東京の最高気温は27.8度だったという。前橋は、30.3度だったというから、既に夏のようだ。スーパーマーケットには、少し前からスイカも並んでいる。本来、今時分は新緑の候であろうけれど、一気に初夏という感じだ。 
ああ、それなのにそれなのに衣替えも断捨離も遅々として進まず。我が習性は、悲しいかな、物を捨てる度胸がないのに、物を買って増やす度胸だけはあるのだ。連休中に買った帽子は実は二つ。帽子は、かさばる品物だ。重ねりゃいいと思いきや、そうは問屋が卸さない。頭の形、つばの微妙なうウエイブは重ねることを、許さないことが多のだ。
 それに対して、捨てた品物は、2005年が賞味期限の国産きなこの小袋一つ、数十年前の黒いタイトスカート一枚。そして今夜、肩パット二つ。二つと言っても対(つい)なわけで、一組というのが正しいか。
 黒いタイトスカートも迷いに迷った。あと10キロやせれば、はける!しかし10キロは、励みにもなんにもならない叶わぬ夢というものだ。従って、5キロ痩せれば、はくことができそうな、パンツはまた丁寧にたたんでしまってしまった。肩パットは、数十年前のジャケットについていたもの。ジャケットは捨てずに、パットだけ捨てたわけだ。ジャケットはまだ着られると、負け惜しみのように、今夜羽織ってスーパーマーケットに出かけてみた。捨てた物の容量は、たたんだタオル一枚程度だ。増えた帽子の容量の比ではない。
 嘆きながら、今年初めて、柏餅を食べた。以前、柏餅の柏の葉っぱを、本に挟んでしおり代わりにしていたことがあった。
本を開くたびに柏の葉の香りがしていいものだったことを思い出した。粋なようだけど、昔から断捨離ができない筋金入りしみったれなのだ。スーパーマーケットの陳列は、行楽のためのお茶ではなく新茶を全面にアピールしたものに変わっていた。

2013年5月11日土曜日

ドラキュラ的生活3

光線過敏の症状が重いドラキュラは、昼間は全く外出できない。従って、美容院に行くのも闇夜になってからだ。棺のドアをハイヒールで蹴り開けて、支度を始める。夕刻6時半、まだあたりは薄明るい、トワイライトだ。これでは、肌も目もやられてしまう。仮面をつけて、マントを翻して、出かける。 

 薔薇色のプジョーに乗り込んでと言いたいところだけれど、NPO法人の運営する介護タクシーが迎えにきてくれている。
都会の街を走り抜けてもらい、カリスマ美容師のご慈悲により夜7時まで待ってもらっている。7時が限度と言われているので、向こう3ヶ月は行くことができない。これからますます日が延びて6時半には到底、外には出られないのだ。 
「ようこそ、いらっしゃいませ。マントをお預かりしましょう。」ずらりとマントがかけられているが、私のは表が白、裏地が黒なので他のドラキュラのものとは間違えられない。どうしたことか、今日の客は皆、黒いマントを着けたまま座っているではないか。私が入店すると、客が一斉に振り向いた。振り向いた客の口元には皆八重歯?いや、錯覚だった。マントと思った黒いそれは、クロスだった。
頭上の蛍光灯は消してもらい、鏡の上のハロゲンライトだけで髪を切ってもらう。カリスマ美容師は手元が暗くて、大変だといつも言う。   
上々に仕上げてもらい、
闇夜に浮かぶ東京タワーを背に、
マントを翻し、風薫る夜の街を歩くのだ。客がひけて、灯りの消えた料亭の軒下には白牡丹が咲いていた。
途中カフェに立ち寄り、岩のように堅いタルトの底を割り砕き、濃いめのコーヒーで流し込む。さあ、空が白ずむ前にまた棺の中へ戻らねば。



2013年5月8日水曜日

患者心得11

医者が、入院患者の容態の変化などについて家族に直接電話をしてくることはありません。勿論、家族が病院に電話をしても、医者は電話口には出ないものです。
 例え家族が、病気で病院に行けなくとも、仕事があろうとも、患者の容態などについては、家族が病院に出向き医師の話を伺わなければなりません。
 どうしても家族が病院に出向けない行けない場合に、電話で容態の悪化等について電話をくれる医者ならば、かなり進歩的な医師であり、病院と言えましょう。
 朝、家族は、初診患者と同様に受付時間より早く、患者の診察券を持参し、病院窓口に並び、受診手続きをして、夕方最後の受診患者が終わって、ようやく医者の話を聞けるという病院さえあります。(ちなみに、かような病院が医療機能なんたら機構で高評価を受けていたりするので、医療機能なんらたら機構は、患者サイドの評価視点でないことがわかります。)

2013年5月5日日曜日

空を泳ぐか787

バッテリー不具合のため今年1月から、世界で運航が停止されていたボーイングの787(時代は787?)は、来月6月にも日本で運航が再開されるという。ボーイング社が米国航空局に提出したバッテリー関連部の改善プランが承認され、日本でも国土交通省が先月末に運航を認めた運びだ。
 しかし、原因は不明のままだ。1月以来、この問題が話題になってきたが、安全が完全に担保されたのか素人には、どうもわかりにくい。次世代型といわれる787は、素材も仕組みも従来型とは異なるから、そもそも従来型の機体をチェックする専門家が問題点や抜本的な改善を指示できるのかと指摘されていることもあった。そして改善策は、応急処置的なもののように思える。                      
原因不明の難病のように、出血に、とりあえず止血止めという感じがするのだ。        全日空も、日本航空も試験飛行を重ねて安全性をアピールするらしいが。
ちなみに、全日空の787保有台数は世界最多の17機、日本航空は7機保有するだそうだ。
ビジネスマンは、機体が787型だから出張は行きたくない!とは言えないだろう。私は病気にならずとも、ここで「首」になっていたかもしれない。

2013年5月1日水曜日

お江戸の春3

昨夜は、久々に遠征した。ゴールデンウイークとは言え、平日の夜だった為か東京駅には人もあまりおらず、サラリーマンと旅行客がほぼ同数という感じだった。目的地は2007年に建て替えられた新丸ビルとこれより以前の02年に建て替えられた丸ビル。迷うのは、想定内だった。八重洲の方から丸の内に抜けることはできたものの、新丸ビルがわからない。カメラをぶら下げたお上りさんに、イベントショップの店員は優しくてなんとか到着。しかし、写真のような重厚なビル内がまたわかりにくく、エレベーターは例によって隠してある。
こんな大理石の床で、伊藤園のお茶を飲み、崎陽軒のシュウマイ弁当でも広げて食べる度胸があったら人生変わっていたかもしれないと思ったりした。エスカレーターの終着ステップには階数の表示もなく、ここは何階?なのかわからない。
目当ての帽子のショップでは写真を撮らせてもらっただけになり、ショップのお姉様の指示どおり、丸ビルに移動し、洋服店で帽子を購入した。その後、再び新丸ビルに戻り、甘辛い天重が食べたくもレストラン街のてんぷら屋はネタ切れで御免なさいと。
またもや丸ビルに行きたくも、さあ、大変!丸ビルにたどりつかない。知能程度が知れるものだ。ようやく丸ビルの天ぷら屋に行き着いたら、今日は天重はやっていないとのこと。こうなると、天重が一層食べたくなる。時刻は9時20分、八重洲に戻るか!しかしラストオーダーに果たして間に合うのか?八重洲に戻る道は、うる覚えながら、昔の記憶も蘇りひたすら歩く歩く、大丸レストラン街の天ぷらのお店で、この1ヶ月のドタバタ(いろいろあった)の慰労をした。結局春らしい写真は撮れなかったので、天丼に付いてきた鯛のお刺身で春気分を。
そして、新丸ビルにはこりごりだ。次回は、白いパナマ帽子でまた、八重洲と日本橋!