正確にはとなりのとなりの患者だ。3人部屋なのでベッドは川の字に並んでいるが、おとなりは久々の空床だ。私は川の字のはじ、病室の一番奥のベッドだ。ベッドの周りを、ぐるりとカーテンで囲い、私は貝のようにしている。
今日は検査。クラークの大澤さんが知らせにくる。検査室からナースステーションに連絡が入り、大抵クラークさんが病室に伝えにくるのだ。
病室の入り口付近から「あんこさん!」と大澤さんの声。来た!と思った。が、次の瞬間「ハイ!」と、私でない誰かが返事をしている。なんでぇ、あんこは私だ。クラークさんは私の声でないと思ったのか「あんこさん!」とさらに言った。するとまた私でない誰かが「ハイ」と返事をしている。勢いのある、切れの良い返事だ。
『だから、あんこは、わたしだっつうの』と私は苛ついた。しかし、もっと苛ついていたのは大澤さんの方だったようだ。「あんこさん!」怒った口調だ。また私じゃない誰かが「ハイ!」「あんこさん!」「ハイ」「あんこさん!」「ハイ」・・・・・繰り替えされて、本物のあんこが口をはさむ間もなくなってきていた。
「あんこは私ですけど」私はやっと言うことができた。すると大澤さんが初めて「検査呼ばれました。」と用件を言った。その間にも「ハイ!」と返事が飛んだ。
代返していたのは、となりのとなりの患者だ。入り口のベッドの。80歳過ぎのカクシャクとした婦人だ。男なら軍人さんのようという表現になるような。入院してきた最初に「薬の管理は自分でできますから!」ときっぱり言っていた。お年寄りは大抵、薬はナースが管理して、時間になるとナースが持ってくるのだが、私にそんな配慮は無用、呆けてませんからと言ったような感じだった。しかし、歳に勝てないのは、耳のようで、かなり遠い。従って、声も大きい。
私はよろよろと歩き、入り口に立つ大澤さんのところに行って「耳が遠いみたいなの」と言うと「(返事の)声が違うから、おかしいと思って」大澤さんは病室入り口にあるネームプレートを見ると「名前高橋じゃない!あんこと聞き間違えようがないと思うけど」やはり怒っていた。
何日かして、となりのとなりの高橋さんは、看護学生に薬を飲み忘れたがどうしたら良いかと相談していた。
(登場人物の名前はすべて仮名です)
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