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2016年1月19日火曜日

東京都心で6センチの積雪



ブログの更新を終えて、3時半、まさに未明には、予報どおりの雪、
広がる白銀の世界。
ちょっと富良野みたいじゃない?
現実には、今時分の北海道はこんなもんじゃないでしょうが。
まだ明けぬ空に、ドラキュラは、思わず飛び出た。
水分を多く含んだ大粒の牡丹雪で、滑るすべる。
一昨年の大雪(積雪27センチ)には、大層はしゃいだけれど、昨年は記憶にない。
昨年の東京の積雪は1月30日の3センチが 最深だったようだ。
雪は太郎の屋根にも次郎の屋根にも積もるように、大衆車にも高級車にも積もっていた。

プー太郎のドラキュラは、通勤の足の心配より、転倒骨折したら、
昼間通院できないという心配がよぎって、間もなく引き返した。



再びの夜に、出陣すれば、
月が覗く空は高く
昼間のうちに止んだのか、
地面は濡れて、雪は僅かに道の端。
 


そんな地面から目を離すと、なんということでしょう!再びの、お姐さんの後ろ姿があった。
神様のご褒美を逃すまいと、またもや突進した。
君宝さん






 一昨夜も、撮影を快く応じてくださった君宝(きみほう)姐さん。
地面が濡れているので、撮影のために、お荷物を代わりに持つと、近づいた大きな黒色の瞳に、クラクラしそうになった。
しっとりとした美しさだ。
昨夜は、お名刺も頂戴した。
君宝さんは、「あんこちゃんさんですね」と、さすが名前を覚えてくださっていた上、さんまで付けていただきました。
恐縮です。
プータのドラキュラには、もはや名刺がないのが、辛いところ。
あんこがブレイクしたら、ブロガーの肩書で作ろう!
ブレイクしたら、お姐さん方をお招きしよう!
ああ、記していて気が遠くなった。
新春から、幸運が続いて、いい年になりそう。
いや、ここで運を使いきってしまったか。
今日の東京の最高気温は8度、最低気温は2度、晴れの予報です。
寒さは厳しいですが、気張ってまいりましょう。


2016年1月18日月曜日

新春のため息



ドラキュラは、
夜ならではの幸運に恵まれることが、ごく稀にある。

一昨夜、冷え込む路地裏に華やぎの気配を感じた。
迷わず、 突進 !


勇気を出して、写真撮影をお願いした。


由の家のお姐さん方だった。
戦前の最盛期には、400人近い芸妓さんが在籍していたという大森海岸界隈で、現在も続けている老舗の置屋さんとしてテレビで、何度となく紹介されている。
お稽古の様子なども放映されているけれど、実物の芸妓さんに巡り会ったのは初めてだ。
女将さんには、ご無理をお願いしたけれど、承和色の新春らしい訪問着が上品に生えて、艶やかな美しさだ。
黒留袖の品格を大事に、着こなすお姐さん方には、快く撮影に応じていただきました。
花より美しきは、やはり和装の女性だ。
青山フラワーマーケット
今年は、ついているかもしれない。
そんな東京は、昨夜は、予報より早く20時には、雨が
しとしと降り始め、今日の最高気温は7度、最低気温は1度、雪のち曇りの予報です。
足元が心配な朝ですが、お座敷遊びで、癒すことを目標に、今週も頑張りましょう。




2016年1月17日日曜日

五輪アジア最終予選、タイに完勝

青山フラワーマーケット

タイを4対0で下した白いユニフォームの日本は、サウジアラビアとの戦いを残して、1次リーグの突破を決めた。
やれやれだ。
ドーハで開催されているリオ五輪アジア最終予選の第2戦、日本の応援団よりタイの方が多かったようだ。
初戦の北朝鮮戦は北朝鮮から千人もの人々が集まったという。
スタメンは、北朝鮮戦でのメンバーを6人も変えた。
結果、それが功を奏した。
得点したのは、前半に鈴木選手、後半に矢島選手、久保選手だ。久保選手は2得点した。
個人的には、浅野選手の得点が見たかった。
そして、無失点だったのも何よりだ。

白のユニフォームを知ってか知らずか、食したのは白い海鮮粥だった。

2016年1月16日土曜日

銀座8丁目の再会



22歳の時以来の、再会は銀座8丁目ということになった。
照明の問題もあって、ようやく決着したのは、博品館近くのインドカレーのお店だ。
銀座と言いつつ、8丁目は新橋のようなもので、馴染みのある地域だ。
けれど、新橋駅銀座口の横断歩道を渡れば、目に入ってきたアマンドの屋根のテントのピンクとブルーのビラビラも、美容外科の赤と白のビラビラもなく、すっかり様変わりだ。
 田舎から出てきて、社会人となって、どこまでも美容外科の赤と白のビラビラが続いていて、『東京の人は皆整形するんじゃろうか?』と思ったのが昨日のようだ。
そして、昨夜再会した2人を含む高校の同期生6人で、神津島で過ごした夏の日もつい一昨日のようだ。メンバーの半分は、高校時代は、同級になったこともなく、口を利いたこともなかった。大学生になって、なんとはなしに、チベットと言われる田舎の街道沿いにできた立派な地区センターで、よくつるんでいた。
当時と大きく変わったのは、健康と体重だ。健康は失って、今やサンサンと太陽が照りつける海に行くことなど、死をもってしても果たせないし、洗濯板のように薄っぺらだった体は、ぽっちゃりをはるかに超えてしまった。

8丁目でも、銀座は銀座、むせるように美しい夜の蝶の お出ましだ。


 追いかけて追いかけて、


やや、変態だな。
目黒と新橋を結ぶ都バスがあって、金曜の夜には、夜の蝶で満員になることがあった。
その時の幸福感と言ったら、例えようもなく、都バスが官能的な花園となって疲れも吹っ飛んだものだ。
で、ちょっと遅刻となってしまった。
お待せした2人は、面影も充分あるし、変わらないといえばそうだけれど、やはりお偉いさんの風態、匂いがプンプンだった。
2人のうち、1人とは、同窓会で2年前に再会している。暮れの小小同窓会の日はハワイではなくスキーだったそうだ。
静かな人が「スキー」を強調したので、忙しい中ブログは読んでいてくれているんだなと感謝です。
2人の愛車は、ポルシェとフォレスターだそうだ。車とステイタスって一致してしまうものなんだな。愛犬の種類も聞けばよかった。


食事は、予想以上の美味しさだった。
スパイスの調合が上品で、雑味がない感じなのだ。
赤い風船のパンフをチベットの地区センターに持ち込んできて、神津島への旅を提案して、段取りをつけた人物の消息は不明だ。
現役で大岡山の工業大学に進んだので、上手く生きていいるに違いない。
その大学に固執して、人にも強要したことを白状すると、2人ともが口々にフェイスブックにその強要された話があったというのだ。
「えー、(強要したのは)あんこさんだったの?文系志望だったんじゃないの?」ととんだ赤っ恥をかいた。



生きていたら、30年後にまた会おうと、お別れした。
  
どれも文句なしの美味しさだったし、店内の灯りも、ところどころにあるスポットだったので、また行きたい。



チベットと言われる地にあった揚子江というお店で、よく中華丼を食べた思い出は語れずじまいだった。



2016年1月14日木曜日

五輪アジア最終予選初戦、北朝鮮に勝利

青山フラワーマーケット

侍ブルーより淡いけれど、お花の名前がブルースターだ。
 決勝まで戦えば6試合をこなさなければならない、このハードな最終予選で多くのブルースターが活躍すること祈ろう!
日本は、開始5分で、コーナーキックから植田選手の先制点が決勝点となり北朝鮮に1対0で勝利した。とりあえず初戦の白星スタートに安堵だ。
 さて、昨夜は、盛り上がりを求めて、観戦が出来る欧風居酒屋に出陣した。ところが、東京もこの2日冷え込みが厳しいせいか、結果は自宅と変わらない『お一人様観戦となった』
  入店した時は、団体が盛り上がっていた。
試合前に早くも、スタメンの解説に沸いているのかと思いきや、どこその会社の営業本部長様のお誕生会だったのだ。おかげで、試合会場のカタールドーハのコンディションを説明しているであろう時も全く聞こえない。
「実は今日は、私の誕生日ではありません!」と本部長様がお礼の挨拶をした時だけ、シーンとなった。しかも酔いが回った本部長様の悪い冗談だっだようで、再び、ガヤガヤ状態だ。幸い、試合開始直前に、おひらきとなった。
しかし、寂しいことに、30人もいるであろうビジネスパーソンの誰一人として、試合に興味がないようで、堅い表情の手倉森監督の顔がアップになると黒糖饅頭を見るような目で「何?誰?」とチラ見した人が一人だけ。
日本のサッカー、とりわけ日本代表やJリーグの人気が乏しいことを痛感した。
牛ハツの前菜
地中海料理のこのお店には、昨年師走に思い切って入店した。光線過敏の症状の重いドラキュラには、助かる深夜営業のお店なので、以前から気になっていた。
 思いがけず、大画面でサッカー、主に欧州サッカーを放映していた。大画面は、ドラキュラの観戦に良いような悪いようなで、画面から相当の距離が必要になる。蛍光管ではないことは間違いないけれど、画面の正面に距離を取ってもダメだ。昨夜も一番遠い距離の席についていたけれど、途中で、顔とサングラスでも眼が痛み始め、画面とずれた場所に席替えした。広い店内でたった一人だけだったので、自由自在に動けたのは幸いだ。
でも、危ないシーンでは、もっと喚きたかった。一人では、さすがに恥ずかしい。
ど素人だから、前半の中盤に日本が相手陣内に全く攻め込むことができなかったのは、何故?北朝鮮は、技術高いとか、解説してくれる人がいたりすると、いいのになぁと思いつつ。
食事を済ませていたので、ピザの半分は、持参したパックにコソコソ詰めて勝手にテイクアウト用にした。28歳独身OLにはあるまじき行為だ。
次戦は、16日にタイと日本時間22時20分から、テレ朝放映ですから、応援しましょう。

2016年1月13日水曜日

赤を待つ



赤を着て、
赤の女を待ってみた。

赤の女は現れなかった。

2016年1月12日火曜日

光線過敏対策(浴室灯)

置地廣場

光線過敏の症状が重いので、当然ながら入浴時に灯りを点けることはできません。
なぜなら、日焼け止め、衣類といったプロテクターがないからです。
脱衣場の灯りを頼りに入浴しています。
私の光線過敏の程度は、素肌ですと、微量の紫外線に20秒当たっただけで火傷になるというものです。
年末に、浴室の灯りが切れ、入浴の際には関係ないものの、そのままというわけにもいかず、新たに購入したのはLEDとなりました。
これまでの白熱灯がナショナルので、すでにパナソニックは同型の白熱灯の製造を行っていないためです。
白熱灯は40Wでしたが、LEDは強いため、白熱灯30W相当の380ルーメンの東芝のにしてみました。
結果、熱くならないので、電灯を遮光の簡易カーテンで遮断することが可能になりました。
この吸盤で付ける簡易カーテンは、完全遮光ではありません。UVカット率93%のもので、通院時にタクシーの窓に貼るものです。(通院時はさらにサンバリア100の折りたたみ傘を窓に向けて広げ、手作りの完全遮光布を貼り合わせた覆いで顔をプロテクトします。)
これは、日本パフ株式会社の車の日よけ〜赤ちゃんのお肌を紫外線から守る〜です。
ただし、この灯りの下はやはりダメでした。額と腕がやられてしまいました。測ってみると、灯りから頭までの距離が1.2メートルしかありませんでした。
浴槽で座った状態では、問題ありませんでした。灯りから頭までの距離は1.5メートル弱です。
従いまして、このカーテンで灯りを覆っても、1.5メートル以上の距離をとることが必要かと思います。
光線過敏は、単独でこの難病疾患の人は私以上に重いでしょうし、私のように、自己免疫疾患の難病で他の様々な症状と闘いながらの方もおられると思います。
体調によって、光線過敏の症状がぐっと重くなることもあります。
あくまでもご参考までですが、 多少でもお役に立てれば幸いです。
過去のブログ
光線過敏対策(日焼け止め)
光線過敏対策(室内灯)
光線過敏対策(食物) 
光線過敏対策(カーテン)
パソコン光対策
光線過敏対策(サングラス)
光線過敏対策(塗り薬)



2016年1月10日日曜日

続赤の女

置地廣場

一昨夜から、予定より早まった用事に追われて、てんやわんやだ。
おかげで、少し戻った体重が、一夜にして1キロ減った。
夜が少々短くなってきて、ドラキュラはまた暮らしにくくなってきている。
買い物のはしごをして、沢山の荷物をぶら下げて、一休みに飛び込んだいつものカフェ。
裏メニューだった豚しゃぶパスタを食べてスタートさせた買い物だったのに、またしても食らってしまった。
サンドイッチ。


目的の物が一つどこを探してもない。
都会にあっても大抵の店は22時が閉店だ。
今度はどこを当たろうかと何度となく時計を覗いていた。
ふと気がつくと、赤の女が目の前に立っているではないか。
昨夜は私が先に座っていたので、もはや2人分のスペースを赤の女が取ることはできない。
だからか、突っ立ていた。
渋々、黒い本革の大きなバッグを、テーブルの向かいの椅子に載せて、私の隣に腰を下ろした。
またもや、上から下まで赤ずくめだ。
目玉親父も10人首にぶる下がって、これまで会った2回と同じスタイルだ。
唯一違ったのは、カチューシャだ。
昨夜は、サテンの黒のカチューシャで大きめのリボンがついて底引き網のような黒いレースがリボンの上にふわっとのっていた。
昨夜の赤の女は、空を見てぼーっとしていた。
様々なグッズが入った黒いバッグが向こう側の椅子で容易に取り出せないからなのか。
トイレに行こうとした時、バッグの肩かけが赤の女の、2つの荷物の下敷きになっていることに気がついた。
そっと引いたけれど、赤の女の荷物が倒れかかった。
その時、
「すみません!」
私と赤の女の声は、ハモったように同時だった。
赤の女のその声は、本当に申し訳なさそうで、少し訛りがあった。
見かけと違って結構マトモな女だと感じた。
そして、その時初めて赤の女の顔を見た。
女優の白川和子さんに似ていた。
話かければ、多少の会話ができそうな雰囲気だったけれど、私に時間がなかった。
「赤がお好きですか?」
「私もです。」
ではなく
「カチューシャが、先日と違いますね。」をとっかかりに。
青山フラワーマーケット



2016年1月8日金曜日

新春の無念



昨夜のカフェにいたのは女優。
窓辺に座って、ご友人との話が弾んでいた。
ガラス越しに、人が流れ行く。
夜だからか、誰も気がつかない。
微笑む横顔を撮りたくて、
カメラを片手に、切り出すチャンスを伺っていた。
会話が途切れない。
どうやら、電車が不通となって、往生してのカフェだったようだ。
会話が止まった。
今だ!
と思ったら、マネージャーが現れた。
マネージャーが抱えてきたコートを羽織って、
女優は去った。