病棟のぐるりをすたすたと歩き続ける患者がいた。病棟の真ん中には、トイレとナースステーションで、それを囲むように病室が並んでいる。懲りもせず歩き続ける患者は、お爺さんで、いつも自分の病室を探していた。
病室を覗いては、首をかしげてまた歩くのだ。看護師の「ここが病室よ」と言う声が何度となく聞こえてくる。
女性の病室に入ってきて「きゃー」という悲鳴が上がった事もあった。私も元気だったら、2分ほど遅れてとりあえず「きゃー」と言ってみるのだけれど、また自分の病室がわからなくなったのかと、冷めた思いで受け止めていた。
ある朝も、その患者は、スタスタと歩き続けていた。師長がすれ違い様に「鈴木さん、今日もお忙しそうですね。」と声をかけた。お年寄りの患者は、うれしそうに、にこっとした。時々、親切になる私は、鈴木と言うのかと、手に持っていた洗顔フォームに貼り付いていたキラキラとした大きなシールをはがして、鈴木さんの病室の入り口の上にあるネームプレートにこっそりと貼ってあげた。
その後、看護師の「このシールが付いたお部屋が鈴木さんのお部屋よ。わかる?」という声が聞こえてきた。私は大変に満足したのだった。(登場人物の名前は、仮名です。)
0 件のコメント:
コメントを投稿