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2007年11月13日火曜日

おもしろ話1(8月の病棟)

8月の病棟はうすら怖かった。病気が重く、しばらく病室から出ることがなかったので病棟の様子はわからなくなっていた。どうやら隣のベッドには新入りが。ベッドをぐるりと囲むカーテンの隙間から顔を覗かせたその老女にぎょっとした。老女は小柄で病気も手伝ってか、力無く立つ姿は優に70を越えているように見える。褐色の顔で「よろしくお願いします」とうすら笑った口元には前歯がない。白髪は全くないが、妙に黒くて少ない髪が頭皮からだらっと肩まで垂れ下がっていた。まるで日本画の掛け軸から抜け出てきた幽霊だ。
 ある夜トイレによたよたと歩いて行った。T大学病院の建物は古く、病棟はユニット式ではないので、トイレは病棟に一カ所だけだ。暗い廊下を歩いていると今度はこなき爺の大きい版だ。眼帯、刈りあげた断髪、うすら笑っていて前歯が一本だけ見えた。男のような女なのか、男なのかもよくわからない。
 女子トイレの入り口で鉢合わせになった女はムーミンに出てくるスナプキンをのっぽにした感じだ。弾むようにふんわりふんわり出てきたので危うくぶつかりそうになった。しばらく歩けなかった間に病棟はなんだか妙な感じだなぁと便器に座ってため息が出た。そうかお盆かぁ。トイレの扉を開けて床にへばりついているうんこや、たれ散ったおしっこを踏まないように慎重に洗面台まで足を運び、手を洗い顔を上げた。
 すると今度鏡に映ったのは、ばさっと伸びきった獅子のように長く多い髪の毛、むくんだ瞼の青い顔、わぁっ・・・・・思わず声が出そうになった、まさに妖怪。それは紛れもなく自分だった。
 

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