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2022年3月15日火曜日

ロシア国営テレビで職員「NO WAR」の訴え


 母親はロシア人、父親はウクライナ人だと言うロシア国営テレビの職員が生放送中に戦争反対の紙を掲げて現れた件、

何より彼女への制裁が心配だ。

次に思ったのは、 
政府への忖度が顕著な日本の公共放送、民間放送も、正しい情報を伝えるとは思えないということ。
捏造まがいのことまで起きているし。

2022年3月14日月曜日

確定申告作業を終えて、ほっ。


この収入でも、引っぱがすように税金を取るのか。

暮らしては行けないことは 政府はわかっているはずなのに。

我が家では私の医療費が重くのしかかる。

日焼け止めでは太陽光は到底防御できないので、重装備で向かう病院への足はタクシーだ。往復のタクシー代は相当な負担だ。

ついでに言えば、保険の効かない毎日の日焼け止めも相当な金額となる。

難病で医療費が大きく軽減されるのは、非課税世帯のみ。
診療費も薬代も2割の自己負担は生ずるのだ。
数千円でも医療費の還付請求をして取り返そうと、私は毎年目をつり上げて必死に医療費の集計をする。

 
よりによってまたこの時期が私の鬼門のシーズンなのだ。
2月、3月、4月と、自己免疫が暴走する。
過去には3月に何度か腎臓の炎症が始まり、長い入院生活を過ごした。
用心して用心して何とか凌げれば、今年も命が繋がったなと言う感じだ。
昨年は、いろいろストレスを溜めることとなって3月のおしまいに、やはり自己免疫疾患の別の難病を発症させてしまった。 
おかげで、昨年から身体的な負担がさらに大きくなっている。
 

 
このシーズンに煩わしいことは、極力削ぎ落として、これ以上の身体の悪化を防ぎたいのが切なる思いだ。
2月は通院ラッシュで身体的負担が大きいので、確定申告の作業を避けた。
3月から、せこせこと作業を始めて、ようやく先ほど終えたのだ。

 
取り敢えず、ほっとした。
これまでこんな時は、24時間営業していたジョナサンに行って、あまおうのパフェなどを食べて真夜中に一人慰労会をやったものだ。
今や、この世に真夜中にスィーツを提供してくれるようなパラダイスは存在しない。
書類を投函した後、閉館前のビルヂングの片隅で、缶コーヒーを飲んで祝杯とした。
耳にかけた片側の紐を外してマスクを避けて飲んだダイドードリンコの「ひらめき微糖」が嬉しい美味しさだった。
何もひらめかない毎日だけれど、
いや、ひらめかない毎日だからか、いいネーミングだなと思ってスチール缶を眺めた。
そうしてほっとすると、夜の街路には燃えるように赤いボケの花が咲き誇り、椿も開いていました。


 今日の東京の最高気温は24度、最低気温は13度、晴れ時々雨の予報です。
予報どおりならば、馬鹿陽気の月曜日となりましょうか。
皆様におかれましては、年度末で何かとお忙しいと存じますが、
今だに猛威をふるっているコロナウイルスにも気をつけて、どうか今週もお健やかにお過ごしください。
 
 

 

2022年3月12日土曜日

from Mrs.S子

 

これが空と言うものなのか。
私には拝むことができない真の青と雲海の白い雲の群れが広がっている。
 
 画像が届いていることに気が付いたのは牛男さんでした。
日焼け止めを落とした後には私は、PC画面を覗くことはないものですから。

ここで私はメールを送るべきかと悩みながら、顔を覆ってガラケイを握ると、家に着いたというメールがS子さんから届いていました。

驚きと同時に私は肩をなで下ろし、深く安堵しました。

身体が思うようには動かない S子さん一人の空の旅は容易ではありません。それでも居を構えるアメリカに戻らなければならない諸事情や突如襲いかかってきた病の快方のためにもここで一時帰国を決めたS子さんでした。

私は気を揉みながらも、通うマックで脚を肩の幅に開いた時には、この地の先にはもうS子さんは居ないのだなと思い不意に寂しくなりました。

でも無事にアメリカに渡ることができて、長く暮らす我が家に戻ったと言うので、私も昨日はゆっくりした気持ちになりました。