3人部屋で、連日の絶え間ない猛獣のようないびきに、私は心身ともにまいっていた。いびきの犯人は数々おれど、天使が舞い降りたのは、以前、となりの患者3に書いた老婆の時だった。80歳を少し過ぎた感じと書いたけれど、正確には86歳だった。その歳で、体格が良いわけでもなく、よくぞそんな爆音を出せるものか苦々しいこと限りなし。若い人なら、私はとっくに枕を投げつけていたに違いない。
トイレで、2部屋も離れた病室の婦人に「アナタぁ〜、お気の毒ね」と言われた。は?とした私の顔を見て「私のところまで聞こえるんですよ。すごいイビキが」と言われた。私は、眠れない日々が辛く、思わず涙がでそうになった。「本当にまいってます。一晩中ですから。毎晩」と言った声は震えてしまった。
ある晩もいびきの老婆と私は二人きりだった。猛獣いびきに眠れず、右を向いたり左を向いたりしていた。
私は、こくんと頭を下げて導かれるまま、その部屋に入った。金田さんに、手を引かれてはいなかったと思うけれど、天使が手を引いて導いてくれた感じがした。病室にたどり着いた私は、正気に戻り、真っ暗な病室でとなりの患者をこっそり覗いた。となりの患者が本当にいびきをかかないか心配になったのだ。ベッドをぐるりと医療機器がとり囲み、ボタン信号がいくつも点滅していて、患者の様子は見えなかったけれど、寝息すら感じられなかった。私は、その晩だけぐっすり眠ることができた。白衣の天使は、おそらく毎晩の猛獣いびきを知っていたのだろう。(登場人物の名前は仮名です)
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