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2016年1月16日土曜日

銀座8丁目の再会



22歳の時以来の、再会は銀座8丁目ということになった。
照明の問題もあって、ようやく決着したのは、博品館近くのインドカレーのお店だ。
銀座と言いつつ、8丁目は新橋のようなもので、馴染みのある地域だ。
けれど、新橋駅銀座口の横断歩道を渡れば、目に入ってきたアマンドの屋根のテントのピンクとブルーのビラビラも、美容外科の赤と白のビラビラもなく、すっかり様変わりだ。
 田舎から出てきて、社会人となって、どこまでも美容外科の赤と白のビラビラが続いていて、『東京の人は皆整形するんじゃろうか?』と思ったのが昨日のようだ。
そして、昨夜再会した2人を含む高校の同期生6人で、神津島で過ごした夏の日もつい一昨日のようだ。メンバーの半分は、高校時代は、同級になったこともなく、口を利いたこともなかった。大学生になって、なんとはなしに、チベットと言われる田舎の街道沿いにできた立派な地区センターで、よくつるんでいた。
当時と大きく変わったのは、健康と体重だ。健康は失って、今やサンサンと太陽が照りつける海に行くことなど、死をもってしても果たせないし、洗濯板のように薄っぺらだった体は、ぽっちゃりをはるかに超えてしまった。

8丁目でも、銀座は銀座、むせるように美しい夜の蝶の お出ましだ。


 追いかけて追いかけて、


やや、変態だな。
目黒と新橋を結ぶ都バスがあって、金曜の夜には、夜の蝶で満員になることがあった。
その時の幸福感と言ったら、例えようもなく、都バスが官能的な花園となって疲れも吹っ飛んだものだ。
で、ちょっと遅刻となってしまった。
お待せした2人は、面影も充分あるし、変わらないといえばそうだけれど、やはりお偉いさんの風態、匂いがプンプンだった。
2人のうち、1人とは、同窓会で2年前に再会している。暮れの小小同窓会の日はハワイではなくスキーだったそうだ。
静かな人が「スキー」を強調したので、忙しい中ブログは読んでいてくれているんだなと感謝です。
2人の愛車は、ポルシェとフォレスターだそうだ。車とステイタスって一致してしまうものなんだな。愛犬の種類も聞けばよかった。


食事は、予想以上の美味しさだった。
スパイスの調合が上品で、雑味がない感じなのだ。
赤い風船のパンフをチベットの地区センターに持ち込んできて、神津島への旅を提案して、段取りをつけた人物の消息は不明だ。
現役で大岡山の工業大学に進んだので、上手く生きていいるに違いない。
その大学に固執して、人にも強要したことを白状すると、2人ともが口々にフェイスブックにその強要された話があったというのだ。
「えー、(強要したのは)あんこさんだったの?文系志望だったんじゃないの?」ととんだ赤っ恥をかいた。



生きていたら、30年後にまた会おうと、お別れした。
  
どれも文句なしの美味しさだったし、店内の灯りも、ところどころにあるスポットだったので、また行きたい。



チベットと言われる地にあった揚子江というお店で、よく中華丼を食べた思い出は語れずじまいだった。



2016年1月14日木曜日

五輪アジア最終予選初戦、北朝鮮に勝利

青山フラワーマーケット

侍ブルーより淡いけれど、お花の名前がブルースターだ。
 決勝まで戦えば6試合をこなさなければならない、このハードな最終予選で多くのブルースターが活躍すること祈ろう!
日本は、開始5分で、コーナーキックから植田選手の先制点が決勝点となり北朝鮮に1対0で勝利した。とりあえず初戦の白星スタートに安堵だ。
 さて、昨夜は、盛り上がりを求めて、観戦が出来る欧風居酒屋に出陣した。ところが、東京もこの2日冷え込みが厳しいせいか、結果は自宅と変わらない『お一人様観戦となった』
  入店した時は、団体が盛り上がっていた。
試合前に早くも、スタメンの解説に沸いているのかと思いきや、どこその会社の営業本部長様のお誕生会だったのだ。おかげで、試合会場のカタールドーハのコンディションを説明しているであろう時も全く聞こえない。
「実は今日は、私の誕生日ではありません!」と本部長様がお礼の挨拶をした時だけ、シーンとなった。しかも酔いが回った本部長様の悪い冗談だっだようで、再び、ガヤガヤ状態だ。幸い、試合開始直前に、おひらきとなった。
しかし、寂しいことに、30人もいるであろうビジネスパーソンの誰一人として、試合に興味がないようで、堅い表情の手倉森監督の顔がアップになると黒糖饅頭を見るような目で「何?誰?」とチラ見した人が一人だけ。
日本のサッカー、とりわけ日本代表やJリーグの人気が乏しいことを痛感した。
牛ハツの前菜
地中海料理のこのお店には、昨年師走に思い切って入店した。光線過敏の症状の重いドラキュラには、助かる深夜営業のお店なので、以前から気になっていた。
 思いがけず、大画面でサッカー、主に欧州サッカーを放映していた。大画面は、ドラキュラの観戦に良いような悪いようなで、画面から相当の距離が必要になる。蛍光管ではないことは間違いないけれど、画面の正面に距離を取ってもダメだ。昨夜も一番遠い距離の席についていたけれど、途中で、顔とサングラスでも眼が痛み始め、画面とずれた場所に席替えした。広い店内でたった一人だけだったので、自由自在に動けたのは幸いだ。
でも、危ないシーンでは、もっと喚きたかった。一人では、さすがに恥ずかしい。
ど素人だから、前半の中盤に日本が相手陣内に全く攻め込むことができなかったのは、何故?北朝鮮は、技術高いとか、解説してくれる人がいたりすると、いいのになぁと思いつつ。
食事を済ませていたので、ピザの半分は、持参したパックにコソコソ詰めて勝手にテイクアウト用にした。28歳独身OLにはあるまじき行為だ。
次戦は、16日にタイと日本時間22時20分から、テレ朝放映ですから、応援しましょう。

2016年1月13日水曜日

赤を待つ



赤を着て、
赤の女を待ってみた。

赤の女は現れなかった。

2016年1月12日火曜日

光線過敏対策(浴室灯)

置地廣場

光線過敏の症状が重いので、当然ながら入浴時に灯りを点けることはできません。
なぜなら、日焼け止め、衣類といったプロテクターがないからです。
脱衣場の灯りを頼りに入浴しています。
私の光線過敏の程度は、素肌ですと、微量の紫外線に20秒当たっただけで火傷になるというものです。
年末に、浴室の灯りが切れ、入浴の際には関係ないものの、そのままというわけにもいかず、新たに購入したのはLEDとなりました。
これまでの白熱灯がナショナルので、すでにパナソニックは同型の白熱灯の製造を行っていないためです。
白熱灯は40Wでしたが、LEDは強いため、白熱灯30W相当の380ルーメンの東芝のにしてみました。
結果、熱くならないので、電灯を遮光の簡易カーテンで遮断することが可能になりました。
この吸盤で付ける簡易カーテンは、完全遮光ではありません。UVカット率93%のもので、通院時にタクシーの窓に貼るものです。(通院時はさらにサンバリア100の折りたたみ傘を窓に向けて広げ、手作りの完全遮光布を貼り合わせた覆いで顔をプロテクトします。)
これは、日本パフ株式会社の車の日よけ〜赤ちゃんのお肌を紫外線から守る〜です。
ただし、この灯りの下はやはりダメでした。額と腕がやられてしまいました。測ってみると、灯りから頭までの距離が1.2メートルしかありませんでした。
浴槽で座った状態では、問題ありませんでした。灯りから頭までの距離は1.5メートル弱です。
従いまして、このカーテンで灯りを覆っても、1.5メートル以上の距離をとることが必要かと思います。
光線過敏は、単独でこの難病疾患の人は私以上に重いでしょうし、私のように、自己免疫疾患の難病で他の様々な症状と闘いながらの方もおられると思います。
体調によって、光線過敏の症状がぐっと重くなることもあります。
あくまでもご参考までですが、 多少でもお役に立てれば幸いです。
過去のブログ
光線過敏対策(日焼け止め)
光線過敏対策(室内灯)
光線過敏対策(食物) 
光線過敏対策(カーテン)
パソコン光対策
光線過敏対策(サングラス)
光線過敏対策(塗り薬)



2016年1月10日日曜日

続赤の女

置地廣場

一昨夜から、予定より早まった用事に追われて、てんやわんやだ。
おかげで、少し戻った体重が、一夜にして1キロ減った。
夜が少々短くなってきて、ドラキュラはまた暮らしにくくなってきている。
買い物のはしごをして、沢山の荷物をぶら下げて、一休みに飛び込んだいつものカフェ。
裏メニューだった豚しゃぶパスタを食べてスタートさせた買い物だったのに、またしても食らってしまった。
サンドイッチ。


目的の物が一つどこを探してもない。
都会にあっても大抵の店は22時が閉店だ。
今度はどこを当たろうかと何度となく時計を覗いていた。
ふと気がつくと、赤の女が目の前に立っているではないか。
昨夜は私が先に座っていたので、もはや2人分のスペースを赤の女が取ることはできない。
だからか、突っ立ていた。
渋々、黒い本革の大きなバッグを、テーブルの向かいの椅子に載せて、私の隣に腰を下ろした。
またもや、上から下まで赤ずくめだ。
目玉親父も10人首にぶる下がって、これまで会った2回と同じスタイルだ。
唯一違ったのは、カチューシャだ。
昨夜は、サテンの黒のカチューシャで大きめのリボンがついて底引き網のような黒いレースがリボンの上にふわっとのっていた。
昨夜の赤の女は、空を見てぼーっとしていた。
様々なグッズが入った黒いバッグが向こう側の椅子で容易に取り出せないからなのか。
トイレに行こうとした時、バッグの肩かけが赤の女の、2つの荷物の下敷きになっていることに気がついた。
そっと引いたけれど、赤の女の荷物が倒れかかった。
その時、
「すみません!」
私と赤の女の声は、ハモったように同時だった。
赤の女のその声は、本当に申し訳なさそうで、少し訛りがあった。
見かけと違って結構マトモな女だと感じた。
そして、その時初めて赤の女の顔を見た。
女優の白川和子さんに似ていた。
話かければ、多少の会話ができそうな雰囲気だったけれど、私に時間がなかった。
「赤がお好きですか?」
「私もです。」
ではなく
「カチューシャが、先日と違いますね。」をとっかかりに。
青山フラワーマーケット



2016年1月8日金曜日

新春の無念



昨夜のカフェにいたのは女優。
窓辺に座って、ご友人との話が弾んでいた。
ガラス越しに、人が流れ行く。
夜だからか、誰も気がつかない。
微笑む横顔を撮りたくて、
カメラを片手に、切り出すチャンスを伺っていた。
会話が途切れない。
どうやら、電車が不通となって、往生してのカフェだったようだ。
会話が止まった。
今だ!
と思ったら、マネージャーが現れた。
マネージャーが抱えてきたコートを羽織って、
女優は去った。



2016年1月7日木曜日

今年の断捨離、終わる

大橋陶器

新春4日夜の1本の電話で、
今年の断捨離は、終わった。
電話の主は、リサイクルショップの店主だった。
もう記憶の片隅に追いやっていた。
「大橋陶器のお品がもし入ったら、是非とも連絡を下さい。」と頼んでいたのだ。
かれこれ2年半前になるだろうか。
躊躇した。
世間様が断捨離に勤しむ年の瀬に、捨てたのは団扇一つだけだったから。
何も捨てていないのと同じだ。
年明け早々、捨てずに拾っていいのか。
誰かが捨てたものを。
状態はいいと店主は言った。
そして
「今週中には必ず見に伺います!」と言ってしまった。
見れば欲しくなるとわかっていながら。
新春早々に洋服が一枚増えている。
室内灯の紫外線すら素通しの白いジャケットが捨てられずに、ハンガーから外して袋の中だ。
一度はゴミ置場に持って行った。
でも、手を放すことができなかった。
手洗いして、ノリがついてアイロンがビシッと当ててある。
未練。
昨夜、葛藤しつつも、リサイクルショップに行ってしまった。中東から来た人達か?中古の電化製品を選んでいた。店員は、集団の対応に追われ、その間、ブラブラと店内を見て歩いた。
 
面白い物や、思わず欲しくなる物もあって、本当に危険な場所だ。
 
キティちゃんの画像をよく見れば、裏に、ただで引き取って欲しいとドラキュラが3年前に持ち込んだ、コンビニの景品皿が積んである。
0円でも誰も持ち帰らなかったのだな。
そんな中、キャビネットから、大橋陶器が姿を現した。
刻印を見るまでもなく、一目瞭然の大橋陶器のお品だ。
ピンクとか赤系の物が希望だけれど、予想以上に状態が良かった。大橋陶器がなくなった今、求めるなら中古しかないのだ。
カウンターに置かれると、ルリ色のカップの中から、美しい女神が「貴女と暮らしたいわ〜」と現れた。
私もよん〜
で、ドラキュラの必需品の帽子置きと合わせて2000円を支払って、女神様を連れて帰宅した。
箱無しだったから、プチプチで包んでもらっても、僅かな距離ながら、自転車とぶつからないかヒヤヒヤだった。
そもそもリサイクルショップには、食器を売りに行ったのが始まりだった。自慢じゃないけれど、食器の箱も包むビニールもしおりも全部捨てない主義だから、新品同様の仕様で 持ち込めるのだ。
しかし、ルリ色の女神様を置く場所がない。
かつて新品で購入した大橋陶器のカップ&ソーサー3セット以外にも、7セット。
ご飯のお茶碗を捨てて、毎日コーヒーカップでご飯を食べるかな。
なのに、
「また大橋陶器が入ったら、ご連絡お願いします!」と言ってしまった。
捨てに通うのか。
拾いに通うのか。
前途多難な断捨離だ。

2016年1月6日水曜日

赤の女



新しい年を迎えるのに
心残りがあった。
年の瀬にカフェでとなりだった女のこと。
上から下まで赤ずくめだった赤鬼女。
昨夜、新春のカフェで再会!
長い椅子を2人分陣取っているのは、この前と同じ。
荷物1個をテーブル向かいの椅子に載せて、1人分空けてくれよと思ったのが最初だった。
混みあったカフェで、周囲の状況にはお構えなしで、片手に握った雑誌を読みふけっていた。
真っ赤なタイツ、真っ赤なタートルネックのインナーに短い丈の黒のチェニックを着ている。
だから正確に言えば、首と腕と脚が真っ赤で、胴体は黒だ。
しかし、圧倒的に赤だから、赤鬼女、志茂田景樹さん赤い版という感じだ。
おまけに目玉親父が10個ほど繋がったような、白い大玉のネックレスが首からぶら下がっている。
玉が大き過ぎ。
昨夜も全く同じ衣装だ。
昨夜はさらに、黒いオーガンジーのリボンがついカチューシャをショートヘアの頭につけていた。
年の頃は、52、3歳か、おばさんだ。
おばさんになると、周りの目が気にならなくなって、
ファッションも自己表現だけになるんだな。
赤鬼おばさんは、痩せているけれど、おばさん以上に幅をとる本革の大きな黒いバッグをでーんと置くから、昨夜も2人分の椅子の占拠となるのだ。
バッグも脚も全開で、バッグからはお財布やノートが丸見えだ。
昨夜は、スマホを覗いては、ノートに蟻さんのような文字を夢中で綴り続けていた。
でもこういう女を見るのは、楽しい。
猫娘のような大きなリボンがついた帽子をかぶっている我は、
28歳の
お愛嬌、
脚はそっと閉じてみた。