過去 1 週間のページビュー

2014年10月18日土曜日

女子会



今宵は女子3人の女子会だった。
高校3年のクラスメートと。
場所は品川のエル カリエンテと言うメキシコ料理のお店だ。
1月にも利用し(初春の品川)、美味しくて、サービスも上々だったのだ。
朝、メールがきた。
仕事で遅れるかも、先にやってて。
お次のメールは、 今日19時だった?
指折数えて、選挙戦で当確のごとくカレンダーの今日の日に花を付けて待っていたのは、病人プータローの私だけだったか。

1人は経営者、もう1人は堪能な語学力を活かして、フリーで仕事をしている。
職なし、肩書きなしは、私だけだ。
しかし、最近になってようやくそんな無職の自分に慣れてきた感もある。10年かかった。諦めの境地になってきたのだ。
病人の今日の仕事は、と言えば、19時まで開いている区役所の出張所で難病認定更新手続きに必要な住民票を取ることだった。
 品川の港南口は、立ち並ぶビルから溢れ出た人々が改札へと向かってきて、それに逆らって歩みを進めるのが容易ではなかった。
食物アレルギーありの注文は、注文時に時間がかかって迷惑をかけるので、先に注文して、写真でも撮ろう!と開き直っていた。
パイナップルジュースを飲んでいるうちには、2人もやってきて注文したお料理が丁度運ばれてきた。
チーズケサディージャ
昨年の有志同窓会で再会を果たした3人だった。卒業後の話、在学中の話に興じて、笑い続けた。


とかく運動行事の多い高校だった。全校のマラソン大会では、バスケット部だった友人は10位以内がミッションで、そのプレッシャーから大会前の3週間は、連日連夜走る我が身のスローモーションの姿を夢みたそうだ。
タコの漁師風
球技大会のバスケの試合では、私はその友人にコートの外から、球を奪われた時、「直ぐ走れ!」と怒鳴られた。「皆んな、バスケットの試合観たことないの!」と。実のところ私は、ひどい運動音痴故に、スポーツ観戦すら嫌いで、観たことなかったのだ。病人になってテレビで初めて観て、こういう事だったかとわかった次第だ。今では、女子の矢野選手、大神選手、久手堅選手と名前が出てくるようになった。


次回は、クラス会に発展させようかということになった。誰が音頭取る?2人はプータの私を見る。
「わかった」と言ってしまった私だった。
クラス会の企画は病人プータのお仕事かぁ〜
 帰途、仕事は「フル」のフルを思い出した。
さらに「丸投げ」という言葉も思い出した。今はただの病人だけど、かつては、立派な?サラリーウーマンだったのだ。
サボテン女と言われたことも思い出して、実にメキシカンな夜でした。


2014年10月16日木曜日

Mount Fuji

置地廣場於

今日富士山では、初冠雪が観測されたそうだ。 
昨年より3日早いと言う。
東京の今日の気温は最髙気温が21度、最低気温は14度だったのに。
 一方で、先月9月27日に噴火して、悼ましい事態となった御岳山では、行方不明者の捜索の一時打ち切りが決まった。前日に降る雪が朝にはアイスバーンになり火山灰も氷ついているそうだ。捜索する隊員の危険も否めない。最低でもまだ7名の行方不明者がいる中で苦渋の決断だったろう。
 穏やかな富士であってほしい。


2014年10月14日火曜日

アギーレJAPAN,ブラジルに惨敗

黄色いユニフォームが4得点
日本代表がブラジルと戦うのは、昨年のコンフェデレーションズカップ以来だ(サッカー日本代表、対ブラジル戦で完敗)。シンガポールで行われた今日の試合、前半18分にやはりのネイマール選手が、快走して先制した。
 もし、このまま後半が終了したら、それはそれで日本の前進と言えると思ったりした。
 しかし、やはりFIFAランク6位のブラジルだ。 自国開催のワールドカップで、沈んでベスト4止まりだったとは言え、サッカー王国だ。後半は、開始早々3分のネイマール選手のゴールを皮切りに、ネイマール劇場となって、ハットトリックか?が、4点も得点されてしまった。
見とれるほどの快走はもとより、なんでそんなところに居たのかというポジション取りの良さ、見事なヘディング。カカ選手の彼へのクロスも正確で優しかった。
後半、ベンチだった本田選手が投入されたけれど、日本は1点も返すことはできなかった。1点でもいいから得点してくれと願うも、叶わず。選手達は、しおれて、試合はあっけなく終わってしまった。本田選手のフリーキックを奪おう、我が蹴るという日本代表選手はいないのだなと思っただけだった。
まだ、メンバー選考の段階だろうけれど、年明けアジア杯までにはどうかなって行くのだろうか。

2014年10月13日月曜日

無口という病気



良人はしばらく出張だった。
良人は無口という病気です。(命の洗濯場)
子供の頃からそうらしい。
小学生の時、となり席の女の子がついに竹籤で、でっぷりした太ももを突っついてみたと言う。
この話も勿論良人から聞いたのではなく、その女の子だった女性から聞いたのだ。
出張についても前もって何も言わない。
前もっての前も、後も語らない。
まあ、後については、帰宅しておよそ5分、しゃべるけれど、5分を超えると口を閉じてしまう。
時計の電池が切れたようにぴったっとしゃべらなくなるのだ。


前もって出張を言ってくれたならば、こちらもその間の計画を企てることだってできるのに。
やっかいな難病になって、無職になり、自宅に閉じ篭る生活の私は、見聞が全く広がらないのだから、海外の様子など教えて欲しと切に思っているのに。
当日、荷物を詰めて、予定表をぺらっと投げて出かけてしまうのだ。
今回は、カナダトロントと記されていた。
帰宅して、飛行機の出発が1時間遅れたこと、(機内)両隣の人が大層なデブで大変だったと言った。
5分間だけのトークタイムなので、私が何かを聞き返したら、そこで時間切れになる。
わかっちゃいるが「自分だって、大デブなんだから、両隣が大デブなんてよく言うよ!デブトリオだったんじゃん。」と言ってしまった。それで5分を消費してしまった。延長戦のアディショナルタイムにオウンゴールしてしまった感じだ。
しかし、今回だけは、食事中、追加の言葉があった。「望遠レンズを置いて行ったのに。」
おそらく、皆既月食の日の私のブログ(Blood Moon)を見たのだろう。
これについても、皆既月食の日時をまずあらかじめ言って欲しかったし、望遠レンズの件も言ってくれなければわからない。天文ガイドを毎月購入する天文マニアの良人は、あらかじめ皆既月食の日時を知っていたに違いないのだ。望遠レンズについては、私と同様に整理整頓などできない人間なのでカメラやらレンズがごちゃごちゃで、どれを使うべきなのかわからないのだ。
そして、お土産はこれらの写真だけだった。
ますます私は馬鹿になる。
そう訴えると「もともと馬鹿なんだからおんなじだ。」こう言う一言は、たまに発する。極たまになので、しゃべった!と私もつい感動してしまう。

2014年10月12日日曜日

天皇杯、PK戦を制して清水が準決勝進出

観る側も辛いPK戦で勝利したのは、アウエーで白いユニフォームの清水だった。
後半戦、清水の高木兄弟がそれぞれ得点した。ところが名古屋も負けずに、高木(兄)選手のゴールの5分後に小川選手がゴールを決めた。残り時間がわずかになってここまでかと思った。しかし、後半36分にゴールを決めたのは名古屋の永井選手。延長戦は2対2のまま終了した。
 清水は、Jリーグでは16位の降格圏だ。この勝利が弾みになるか。

2014年10月11日土曜日

思いがけず、とりろう

アギーレJAPANが初勝利なるかという昨夜は、用事があって上永谷というところに行った。地下鉄横浜駅改札近くの広告は、いきなりローカルだった。東京人ぶって、三ツ沢?そして、
生まれて初めて乗車したブルーラインという地下鉄。あざみ野と湘南台を結んでいるのだ。湘南に台がついちゃって、きっと潮風を感じる海が近い高台なのだろう、なんかいい感じと思ったりしてみて。
横浜で寄り道をしたので、到着は7時を回っていたけれど、今頃は国家斉唱かな、うまくすれば試合を最初から観れるかもしれない。おっと、都銀があるじゃん。中萬学院って、地元展開の学習塾か?東京にはないぞと思ったりして。
上永谷での用事は、かつて入院中、歩行困難な時、何度かお見舞いに来てくれた亡き母の幼馴染を訪ねることだ。高齢で、もはやウチの方には来ることができない。7年ぶりの再会に、2人で楽しみにしていたサッカー観戦は四方山話に夢中になって、そっちのけになってしまった。帰途は関内からJRと決めた。すると、関内駅北口にとりろうを発見!横浜西口にあった歴史ある店(帰省)だ。
駅北口の階段をフーフー杖をつついて上りホームに立った時、完全に化けの皮が剥がれてしまった。
ホームのカーブが脳裏に焼き付いていた。このカーブ、、、、昔と同じ。
たぶん、おばあさんになって、ぼけちゃっても、このカーブがこのままだったら、ここは関内とわかるだろう。東京の人ぶっても、田舎者。
まあ、とりろうが関内駅前にあって良かった。この秋冬には訪ねることができるかもしれない。
アギーレJAPAN,ホームで1対0の初勝利おめでとう!FIFAランク100位のジャマイカに、1点しかとも思うけれど、失点なしが前進か?

2014年10月9日木曜日

洋食屋さんで親子丼



一昨日から非常に食べたくなっていた親子丼。
しかし、2軒あった鳥のお店はともに閉店してしまった。チェーンのお蕎麦屋の親子丼には、やたらとヨード卵光と記されているけれど、鶏肉の産地は全く書いてない。
瞼と閉じても、親子丼が浮かんでくる。
どうしたものか?どこかにないか美味しくて安全な親子丼が食べられるところ。
通院疲れが残っていて、バスや電車に乗って行くほどの元気はない。
思いついたのは、昔ながらの洋食屋さんだった。確かカツ丼があったような。カツ丼があるなら親子だってあるはずだ。素材にこだわっている店だから、国産の鶏肉に違いない。なかったら、オムライスで手を打つことを決めて、出発!
あった!そして、鶏肉は大山鶏だ。
 2人席は光線過敏の症状の重い私には有り難い小さなハロゲンライトだ。
 洋食を注文すると必ずついてくる小さなカップスープもついてきたのでうれしかった。
これが美味しいのだ。

 現れ出たのは、お蕎麦屋さんと同じ、おどんぶりだった。
蓋を開けると、


ころあい丁度良しの、卵とろっ、の黄色い海原。
お味は、驚きの超うす味。ここが、お蕎麦屋さんのとは大きく違った。鶏の美味しさが引き立って、予想以上に美味しかった。卵で閉じられた細い玉ねぎのシャキシャキを時々感じて、これまたよろしかった。
看板娘と言われている、おばあさまには、写真撮影を断られたのが残念だったけれど、傘立てのフクロウが何故かとても似ている感じがした。
 毎日でも食べたいと思った親子丼でした。

2014年10月8日水曜日

Blood Moon

18:46
 18時14分に部分食が始まったらしい。
18時46分には既にはっきり欠けていることがわかった。
オフィスから出てきた人々も足を止めて夜空を見上げていた。








18:52
18時52分にはさらに欠けて19時5分には上部がほんの少し見えて、皆既食が始まった19時24分には、気持ち赤く見えるかな。









19:05














19:24
極めてわかりにくいけれど、右上隅をご覧あれ!
この後、雲に隠れて肉眼ではわからなくなってしまいました。
こんな月を想像していました。
21時45分には、すっかり戻っていました。ちなみに、皆既食のおしまいは20時24分で、部分食のおしまいは21時34分だったそうです。

2014年10月7日火曜日

通院ブルー

台風一過の空は、果てしないスカイブルー。
そして私の心は、通院ブルー。
光線過敏の症状の重い私には、またしても過酷な事態となった。
帰途のタクシー、背中を痛いほどに太陽光が照りつける。
完全遮光の防御上着は全く通気性がないサウナスーツのようで、汗が爆発的に流れ続けた。
エアコンをもっと下げてと運転手さんにお願いするも、もはやこれ以上は下がらないと。
唸る私に、
途中、「あと少し」「あと少し」と運転手さんが激励してくれた。
しかし、あと少しが遠かった。
ふらふらと玄関に入り、上着を脱ぐと、上着からしたたり落ちる汗の粒。院内で充分に水分補給をしたものの体重は、帰宅後に1キロ減っていた。
野口硝子

そんな涙の今日でした。

2014年10月6日月曜日

どうなる火の鳥NIPPON

9月23日から開幕した世界バレーイラリア大会だったけれど、世界ランク3位の日本は、予想外に2次ラウンドで敗退した。日本が、勝ち進む想定だったのだろう。テレビ放映は、今月12日まで予定されていた。
 2005年から観戦を始めた、にわかファンだけれど、こんなにもよろしくなかったと思える試合はこれまでなかった。そもそも1次ラウンド開幕初戦、アゼルバイジャンに負け、中国にも競り負け、2次ラウンドに進んだ最初の試合クロアチア戦でも負けて、ドイツにはなんとか競り勝つも、イタリア戦では惨敗した。2次ラウンドの最終戦ドミニカ戦を残して早くも敗退が決まってしまったのだ。8月のワールドグランプリで準優勝したのが嘘のような事態だ。(全日本女子バレー健闘、銀メダル獲得!) 
Three Four time
セッターの竹下選手が引退して、リベロの佐野選手が不在だと、こうも弱いのかと知った。強打は、とんでもないところにはじき、軟打は、ぽっかり落とし、サーブのほとんどはミスだ。木村選手の負担が加重になって、2次ラウンドでは疲労がにじみ出ていた。どんな時も冷静だと思っていた真鍋監督も、イタリア戦では、相当な苛つきと怒りを露にしていた。真鍋もか、と思ったりしたけれど、とにかく
今後が憂慮される。球は、落ちて当たり前と思わずに、絶対に落さないで欲しい!